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僕の世界は貴方です
「嘘つき!全っ然大丈夫なんかじゃないくせに!」
そこまで吐き出して、なんで頼らない!
体の奥底から突き上げる様に噴き出してきた行き場のない怒りは、幼稚な行動に反映される。
初めて俊君に対して怒鳴った瞬間だった。
かっとなった勢いのまま、渡されいてた紹介カードをびりびりに破き捨てる。やっと自覚した。結局僕は、この紙きれで俊君を苦しめたのだ。僕の勝手な理想で、親友を深く追い込んだのだ。
「きいち、やめろよ!」
「うるさい!」
普段怒らない僕が大きな声を出したせいか、びくりと小さく肩をはねさせた。そんな俊君の反応にさえ憤り、目の前で小さく細切れになり、雪のように地面に散らかる押し付けがましいそれを踏みつけた。
「なんなんだ急に!」
「かっこよくない俊君がいいよ!」
地べたに手をつき、紙くずを拾い集める姿が嫌だ。
やめろ、そんなことするなよ。
その紙屑は俊君を追い詰めたんだ。何より、僕が。
今まで喧嘩なんかしたことがない僕が守りたかったのは、俊君のプライドだったのかもしれない。
「はぁ?さっきと言ってること違うじゃんか!」
「僕が俊君を嫌いになるわけないだろ!」
「だからなんでそんな話になるんだ!」
「じゃあ俊にとっての僕って何!!」
勢い任せに俊君を突き飛ばすと、尻もちをついた俊君が呆気にとられた様に見上げてきた。やがて冷静になったのか、そのまま諦めたように胡坐をかきながら呟いた。
「変な奴だよ、何考えてるかわかんないし、能天気だし」
「変な奴だから嫌になるの!?」
「馬鹿にするなよ!なるわけないだろ!」
「じゃあいいじゃん!」
俊君が変な僕でもいいっていうなら、俊君だってかっこよくなくていいじゃん。
へにょりと座り込み、ぐじゅぐじゅな顔で言えば、なんでお前が泣くんだよ…と、疲れたような顔で言われる。
「俊君だけかっこよくなるの、よく考えたらずるい」
「変なとこで対抗意識燃やすなよ…」
僕と同じ小さな手で頭を撫でられる。まだちょっと納得いっていないのか、撫でる力は少し強めで、思わず頭をぐらぐらさせてしまう。結局二人して、最初はベンチに座っていたはずなのに、地面に直座りだ。やばい、お母さんになんて言おう。
「お前でも、大声出すことあるんだな…。」
そんなことを感心したように俊君が言うもんだから、なんだか僕は力が抜けて、誰のせいだよという意味も込めて、俊君の顔を睨みつける。
「おかげさまで」
「おかげさまって、」
「なんだか僕じゃない気分…」
「怒らせてごめんな」
「じゃあ仲直りね!」
まどろっこしいやり取りはもう終わりにしたかった。
それに、僕にだって責任はあるわけなので、今はどう俊君を助けるか。その一点限る。
相手は先生で、大人だ。だからこそ慎重に事を運ばねばならない。子供だからできることが、きっとあるはず。
これは、きっとゲームで言うボス戦に違いないだろう。
僕は自分の内側に芽生えた衝動が、どくんと脈打つように反応した気がした。
子供の頃に芽生えた、世界救お。
その世界が俊くんになり変わった瞬間だった。
土まみれで帰ってきた僕を見て、母は目を丸くして動揺した。
「きいち、喧嘩したのか。」
「したけど、仲直りした!」
「そう、」
なんとも言えない表情をした母は、そのままお風呂を沸かしてくると言って去って行く。なんだか家の空気がピリピリしている様子を肌で感じながら、汚れを持ち込まないように玄関で服を脱いだ。
「きいち!?」
「お父さん!」
まだ夕方なのに、なんでいるの?という言葉を慌てて飲み込む。父は仕事柄深夜に帰ってくることが多く、平日はなかなか顔を合わせられないのだ。
「どうしてそんなほこりまみれに…」
「んー、仲直りしたから平気!」
「そうか、お前も男の子だったんだな…」
呆れたような、なんだか少し嬉しそうな顔でわしゃりと頭を撫でられる。小さい子供の手と違って包み込むような大きな手に、なんだか気恥ずかしくなって、誤魔化すように服を押し付けた。
「僕お風呂いく!!」
「え、なら一緒にはいるか。」
「えぇ?いいけど…」
なんだなんだ。これは絶対、何かある気がする…
さすがにニコニコしている父に断る気も薄れ、本当に久しぶりに一緒に入ることになってしまった。
母は変な顔をしていたけど、ただ一言いつものように
「ちゃんと肩までつかれよ。」
といって見送った。
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