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おうともよ

「きいち、」 「……、ほっといて」 嫌な静寂だ。こんなに自分が嫌になることってない。改めて、なにも出来なかったあの頃の手のひらの小ささに歯噛みした。 こんなこと、言うつもりじゃなかったのだ。何よりも、オカンが今まで守ってきた家族という形を真っ向から否定するような物言いだ。自分じゃ何もできないくせに、全部見てたから知っているような口振りで糾弾するなんて。 「悪い、ちょっと。」 「あ、おい!」 オカンが苦渋い顔をして病室を出ていく。忍さんは戸惑ったように僕と交互に見たけど、俊くんにまかせることにしたのだろう、追いかけるように閉じかけたドアを開けて後を追いかけた。 俊くんもなにも言わずに僕の隣りに座ったままだ。情けない顔を見られたくなくて、唯一出ていた指先で前髪を強く掴むようにしてうずくまった。 嗚咽を殺すのに必死で深呼吸ばかりしている。こんなに吐き出しても、胸の中に渦巻く後悔は全然出てきてくれなくて、さっきスッキリした心の内側はもう満たされてしまった。 「…お前も、」 「………。」 「お前も俺とか、言うんだな。」 「…言ってた?」 「言ってた。」 ちょっと以外だった、とくすりと笑うような声のあとに頭を優しく梳くように撫でられる。 僕は包帯を涙と鼻水で濡らしながら、ぐじぐじといつまでも顔を挙げられないままだった。 「ごめんね俊くん」 「ん?」 「こんなことになって、」 「こんなこと?」 ようやく涙も止まったのに、口から出てくる声は弱い。ずりずりと布団の中で膝をたてると、体育座りをして膝に顔をうずめた。 びちょびちょになった包帯をみて、俊くんがあーあ、と呆れたような声を出すのを聞きながら、ぽそぽそとした声で続ける。 「全部。ヒートも救急車も、親子喧嘩も全部。巻き込んでごめんね。」 「いいじゃん。腹割って話すきっかけになってよかったと思ってるけどね、俺は。」 「うう、それでもさぁ…」 「俺もお前を抱いたことは謝らない。だからきいちも巻き込んだと思っても、謝んなくていい。それでよくね?」 「…わかった。」 やっぱり俊くんはすごい。何がすごいかよくわかんないけど、この人がいい。そう思う。 オカンとオトンがうまくいってるかどうかなんてイマイチわかんないけど、不器用な夫婦だ。口に出さないだけってのもありえるかもしれない。 …オカンは大丈夫だろうか。言い過ぎた自覚はあるから、謝りたいな。 でも先程のような勢いなんてもうない。衝動って本当に怖いなって思った。 「晃さんなら忍がいるから大丈夫だろ。」 「うん…てか僕どんぐらい寝てたの。」 「昨日の夜運ばれて、もうすぐ昼だろ。起きたらもう帰ってもいいとか言われてっから。昼でも食い行く?」 「どんだけ寝てんだ僕…」 「まあ、俺が悪いから気にすんな。」 ぼ、僕も悪いんですけどね!でも謝るなって言われたので結局唸り声しか出なかった。 とりあえず着替えようかな、と着せられたパジャマを脱ぐつもりで布団を捲くる。 「あ?なにこれ!?」 「ぶっ…ちょ、まてまてまて!」 なんと下は何も履いてませんでした!僕フルチンでキレてたようです。 俊くんが慌てて後ろを向いてくれたのだけど、それ以前に着せられた謎のマンボウプリントのでかいシャツもちょっとよくわからない。僕の制服どこいった!ああぁ、俊くんちに放り投げたままかもしんない…と、僕の顔色が焦りと羞恥と動揺でイルミネーションバリにコロコロと変わる。 俊くんが着ていた学ランをばさりとかけてくれたけど、とりあえず今はパンツが欲しかった。 「その、尻に薬塗ったっていってたから、それでかもな。」 「僕看護婦さんにケツみられたの!?」 「気にすんなって、綺麗だから。」 「そこじゃないんだよ!!うわぁあお嫁に行けない!!」 「おれんとこにこい。」 「ぐぅ、」 女の人にお尻見られたのもめちゃくちゃ恥ずかしいのに、さらっと言う俊くんもめちゃくちゃ恥ずかしい!!やめろ!!これ以上僕の情緒を振り回されたくない。顔が赤いままじとりとにらむと、楽しそうに片眉を動かして煽ってくる。 「俊くんぱんつかってきて。あとずぼん!」 「晃さん持ってきてたぞ?よかったな出来た親で。」 「うう、とりあえずください。」 「ほいよ。」 ちなみに僕が着ていたマンボウプリントのシャツは正親さんのものらしい。適当にそこにあったものを被せて連れてきたと言ってたが、着るのか。あのイケオジアルファがマンボウを。 忍さんがわけのわからないプリント物が好きなことは知ってたけど、これを何も言わず着るということはなんだかんだラブラブなんだろう。 正親さんには今度あったときにお礼を言わねばと考えてると、なんの前ぶりもなしにガラリと扉が開いた。 「たでま。」 「うわびっくりした!」 「ひぇ、」 何事もなかったかのような顔で入ったきたのはオカンと忍さんである。さっきまでの苦渋を噛み締めるような表情はすでになく、スッキリとした顔で戻ってきた姿に、変に戸惑ったのは僕だった。 「きいちよ。」 真っ先に名前を呼ばれ、身構える。謝るつもりは大いにあるのに、出方を伺ってしまうのは長年の経験か。 「察には悪かったな。」 「…僕も、ごめんなさい、」 え、そんなあっさり?という顔で俊くんと忍さんがポカンとしている。オカンが先に謝って来たということは、もう気持ちの切り替えを終えたからに違いない。 我が家では一言謝っておわりなのだ。これは片平家ルールで、喧嘩を長引かせるほうが疲れるからというのが本音だ。 「はー、久しぶりに親子喧嘩した。5億年ぶりくらいにした。吉信相手のがくっそ楽だわ。」 「僕おとんよりものわかりいいもの。」 オカンはぶふ、と僕の顔を見て笑ったあと、赤くなった僕の目元をこしこしと撫でて抱きしめた。 「いーよ、好きにしな。俺がどうこう言えるわけねーしな。」 「え?」 「ただし、お互い卒業して一緒に住んでからにしろ。」 「晃さん、いいんすか。」 わしわしと久しぶりに頭を撫でられてなんだか照れくさい。マザコンと呼ぶがいい!僕はぎゅう、とオカンを抱きしめ返す。俊君は驚いたように聞き返していたけど、なんだか実感がわかなくて少しだけ照れくさい。 オカンはもう一度強く僕を抱きしめると、くるりと俊くんの方を向いて、格好良く笑った。 「おうともよ。」 こうして、僕ら二人は卒業後に友達という関係が終わることになった。 俊くんが感極まって瞼を擦った姿を見て、忍さんが爆笑していたし、オカンは頼むぜ義理息子!と絡んでいる姿を見て、僕も少しだけ嬉しくなって泣いた。

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