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これから

「腕大丈夫か?荷物よこせ。もってやる。」 「大袈裟だなぁ、もう平気だって。」 今日は取り寄せた抑制剤を取りに行った帰りで、学校帰りの俊くんと待ち合せて一緒に帰っていた。 病院から帰ってきて三日目。僕の腕の包帯は取れて、代わりに大振りの絆創膏を貼っている。範囲があまりにも広いため、暫くはカーディガンを羽織って見えないようにしなきゃである。 腕の傷は、ある意味自分が悪いという自覚もある。あの日の夕方、俊くんがけして噛まないようにと咥えていたタオルを、僕が理解せず取り払ったのだ。 結果、アルファである俊くんの衝動は膨れ上がり、項を守るために防御した腕の付け根から内側の柔らかいところまで、満遍なく俊くんの歯型が所有印のように刻まれた。 特に右手首の歯型は酷く、そこだけは今も包帯を巻いている。 「…ごめんな、ほんとに。」 荷物を無理やり受け取った俊くんは、あいてる手で僕の手を取ると指を絡めた。所謂恋人繋ぎだ。互いの体温がじんわりとひろがるこの繋ぎ方を考えた人は凄い。僕はまだ少しだけ照れちゃうけど、あんなすごいことをしたのだ。何を今更とオカンに笑われると、たしかに。と納得することが出来た。 「いいよ、べつに。僕がいいんだから、いいの!」 「ん、わかった。もう言わない。」 「それより俊くんは大丈夫なの?」 「ああ、まあ頑丈だからな。」 僕が目覚めたとき、俊くんの頭には包帯と、頬に湿布も貼っていた。抱かれた側で、腕は噛まれたとはいえ縫ったらしい俊くんの傷よりはずっと軽い。 なんでそんなことになってるのか、と聞くと、俊くんは恥ずかしそうにしながら教えてくれた。 「三時間立ったら、どんな状態でも止めろって忍にいったんだ。それでな。」 引き剥がそうとしても振り払うほど、前後不覚になった俊くんを止めるため、忍さんがとった行動は息子の頭を瓶で殴るという暴挙だった。 見事にフルスイングがクリーンヒットし、気絶した俊くんをどけてもろもろの身支度を整えてくれた忍さんには感謝してもしきれないが、同じ救急車に患者として仲良く乗せられ運ばれた事を聞いた俊くんは物凄く恥ずかしかったらしい。確実に僕のせいである。ごめんね俊くん…。 「まあ、忍も救急隊員にすげー怒られてたけどな。」 「ああ、やりすぎちったとか言ってたなぁ…」 あの日はお互いがなかなかに濃い一日を過ごした。 お医者さんに、飲み慣れない抑制剤で副反応が出なかったのは幸いだったと言われた。ヒートになる予兆として、最近やけに鼻が利くとは思ってたけどずっと微熱も続いてたらしい。自分のことなのに気にしなさすぎて怒られた。 そして俊くんも一緒にアルファ用の抑制剤を処方されていた。念の為もらったピルも鞄に入っているが、番契約が結ばれない限りは妊娠しないので、オメガ特有のヒートの周期を整える為に服用するように、とのことだ。 妊娠を望んだ場合は飲まないほうがいいらしい。なのであと一年位はピルとお付き合いをすることになりそうだ。俊くんも納得している。万が一出来たとしてと大歓迎だけどなと言われたのは嬉しかったけど、僕のことを思ってアルファ用の口枷の検索履歴を見つけたときは、きゅんとなった。 「なんかこないだ告白したと思ったらもう婚約だ。展開早すぎて照れくさい。」 「学生結婚にはかわりねーよ。暫くは親に迷惑かけそうだけど、なるべく頼らないようにしないとな。」 大人びた笑顔で笑いかけられるとお腹の奥が切なくなってくる。俊くんのこと好きすぎるだろ僕。いかんいかん。 無意識にお腹をなでた僕を見て、やや顔を赤らめる俊くんはカッコ良いのに可愛い。なにも言わずに頭を撫でる大きな手に甘えると、ワシャワシャと強くかきみだされた。 とりあえず婚約したので転校します!は、流石に無理なので、現状は変わらずである。一緒に住むのも卒業してからになるので、今はお互いの学生生活を楽しむということにした。 「こーゆーのって言うべき?益子とか吉崎に。」 「あー、や、いいよ。騒がれてもだるいしな。」 ぎゅ、と握った手を揺らしながら、まだなにもない薬指を見る。ここにいつか指輪を填めるのかぁ、と思うと無意識ながら足取りも軽くなっていた。 「きいち、明日学校いけんの?」 「いくよ?初めてのヒートだったからすぐ終わったし。それに3日も休んでたら宿題が怖い。」 「宿題はまあ、頑張れ。あと、なんかあったら益子に言え。連絡してもらうから。」 「あーい。」 こないだのことを考えると、おそらく次くるのは三ヶ月後じゃないかと言っていた。オカンも同じ周期だったらしく、これは遺伝することが多いらしい。まだわからないことが多い僕は、念の為エピペン型の抑制剤も持っておくようにと言われた。なんかもう鞄の中お薬ばっかである。しかたないけども。 「またヒートになるのやだなぁ…」 「怖い?」 「ちっとだけね!でも、変だなってなったら電話する。」 「ん、いいこ。腕だけ気をつけてな。あんま無理しないように。」 ぼくんちの目の前まで送ってきてくれた俊くんは、病院の薬が入ったかばんを肩からおろして返してくれた。 それを両手で受け取ると、するりと頬を手で撫でられた。 陽の光をバックに、俊くんが少しだけ屈む。瞬き分の数秒間、やさしく触れた唇は食むように僕のそれと重なった。 「し、しししし、しゅんく、」 「明日学校がんばれ、またなきいち。」 「ば、あま、ま、うん、またね…」 ヒートの時も散々すごいことしたし、えっちなキスだってしたのに。 こんな僕のことが大好きでたまらないってわかるようなキスをされたら語彙も消失するに決まっている。 僕は身体中の体温が上昇するのを感じながら、なんとか手を降って見送った。 「うう、…」 顔を真っ赤にしながら帰ってきた僕を見たオカンが、おもしろそうにからかってくるのを逃げるように自室に閉じこもることでやりすごす。 明日からまた、今までとは違う生活が待っている。 まだ柔らかさが残る唇を思い出しては悶絶しながら、まずは休んでしまったことの言い訳からひとまず考えることにした。

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