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綺麗な人
「…俺が悠也の心配してはいけない?」
忽那さんは、きれいに微笑んだ。でもなんだか少しだけ堪えるような、何かを噛み殺して言葉を紡いだような、そんな声のトーンだった。
「悠也は俺の心配してくれたのに、俺はしてはいけない?」
「俺は、葵に心配なんてされたくない!!」
「益子!!」
まるで駄々をこねる子供のように、益子が声を張り上げた。
忽那さんも驚いた顔をしたけど、それ以上に益子の泣きそうな顔に動揺したようだった。
益子の言い方は良くない。窘めるように名前を読んだけど、益子はすべての弱い部分を吐き出すように言葉を続けた。
「俺は、葵のアルファになりたい。お前の、唯一になりたい。だけど、ガキだから…お前があんなになってんのに…守られたのは、俺の方だ…」
力なく、うつむく益子に幼い影を見た。益子をここまで揺らがせる忽那さんは凄い。掴み所のないこいつは、いつも何だかんだで先を見据えて動いている。その行動力や決断力には何度となく助けられていた。
益子の根本に強く影響をしているのは、やっぱりこの人なんだ。
忽那さんは益子の言葉を噛み締めるように、ぐっ、と眉間にシワを寄せると、何かを決心したかのように顔を上げた。
「俺は、大人だから守ったんじゃないよ。」
まるで独白のように、益子を見ない。忽那さんは諦観のような空気を纏いながら、自分の手のひらを眺めた。そして、まるで懺悔のようにポツリと語り始めた。
「俺は、俺のせいで悠也の経歴に傷をつけるのが嫌だった。だから…止めた。」
ぎり、と音がする位手のひらを強く握り締める。絶対に落としてなくすことはできないとでも言うふうに、力を込めた手のひらは小さく震えている。
「葵、」
「俺は…悠也が思ってるような綺麗な人間じゃない、俺のエゴを優先させたんだ。」
忽那さんは、見ないのではなく、見られないのだと思った。自分のエゴでの行動が、益子は自分がガキだから守られたという勘違いに繋がってしまった。
その結果が、益子を追い詰めたと思っているのだ。
それでも、彼は自分より益子が心配だった。
未来とか、エゴとか関係なく、あの時の忽那さんの益子への気掛かりは純粋なものだったのだ。
年上だから、譲れない思いもあったのだろう。もし忽那さんが自分をエゴだと言うのなら、その譲れない思いを持っているのが自分だけだと思っている部分だ。
「俺は、悔しかった。だけど葵がそれをエゴだと言って、俺のことで苦しんだなら、俺は葵を許すよ。」
「酷い男だって、笑えばいいのに。」
「ガキは素直じゃねぇんだわ。」
益子はそう言って、今度は諦めたように笑う忽那さんの頭を強い力でわしわしと撫でた。
ゆるく編まれた髪の束が、益子の勢いに負けてボサボサと解れる。
忽那さんは呆気にとられたようにされるがままだったけど、何をされたのかわかったのか、顔を真っ赤にして慌てて益子の手を払った。
「あ、頭撫でられる年じゃない!!」
「それが罰。大人なお兄さんが、年下のガキに愛でられるっつーな。」
「ふは!…あ、ごめんね。おかまいなく!」
やり取りが面白くて、思わず吹き出した。忽那さんは、顔を赤らめながらバツが悪そうにしていて可愛い。益子はしてやったりと満足そうな顔だ。
二人共落とし所が見つかったのか、先程の空気よりかは少しは軽い。歳は離れていても、僕はこの二人がしっくりくると思う。
純粋な気持ちで想い合っているのが見て取れるのだ。それだけ、お似合いだと思った。
「ったく、…悠也、喉乾いたから飲み物買ってきてくれる?」
「ん?いーよ、俺出すから財布しまえ。お見舞いってことで、きいちは?」
「ごち!僕はカフェオレ!」
忽那さんが財布を取り出そうとしたが、益子がそれを止めた。なんたか忽那さんは悔しそうな、それでも照れた顔でむっとしている。
益子が飲み物を聞かない当たり、いつも飲んでるものを知っている仲だというのが分かって羨ましい。
僕もそのうちそんなやり取りを俊くんとできるといいなぁ。
益子が財布を尻ポケットに突っ込んで、再び扉から出ていく。売店までどれくらいあるのかわからないけど、忽那さんと二人きりになった部屋で本題にはいるのは丁度良かった。
スライドのドアが締め切り、数秒。忽那さんは切り替えたように僕を見て微笑んだ。
「きいちくんも、オメガだったよね。」
「そうです。多分、ヒートのことですよね?」
忽那さんは頬を染めながら小さくうなずいた。予兆のないヒート。これが起こる確率は極めて稀だ。
僕は忽那さんになにかきっかけがあったのではないかと思っていた。多分、握りしめてた写真に関係している気がする。
「僕は、初めてのヒートだったからあんま参考になんないかもだけど、俊くんが僕のことを恋愛対象としてみてくれていたって自覚した瞬間に、ぶわぁってきました。」
あの時のことを振り返ると、自分の好きが恋と自覚してすぐだった。俊くんと同じ気持ちなのかと思った瞬間、まるで甘い痺れが来るみたいにしてフェロモンが弾けた。
「うん、…そっか。」
忽那さんは顔を赤らめながら噛みしめるように頷くと、自分を診察した医師の話も交えて語ってくれた。
「オメガとアルファが、番として互いを求めたときに来るんだって、だから多分…そういうことなんだろうね。」
「益子ですか。」
「…悠也からはずっと思いを伝えられてたんだ、ただ歳が離れてるから、諦めてもらうつもりだったんだけど。」
そう言うと、くしゃくしゃになったあの時の写真を取り出して、僕に見せてくれた。
男らしい手と、華奢な手がかすかに触れ合う一枚だ。
益子が嬉しそうに、一番の気に入りだと見せてくれたものだった。
忽那さんは愛おしそうに、撫でるようにシワを伸ばしながらその萎れた写真に触れる。
「この写真をみてたら、自分の気持ちに嘘はつけないなって、思った。」
ポツリと零した言葉はキラキラと輝いていて、それだけ忽那さんの益子への想いが詰まっていた。
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