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閉じ込めた心 

「なぁ、なんでお前にこんなことするかわかる?」 「やめろ、」 「…俺が満足したら、良いよ?」 アルファの威圧フェロモンは、オメガが苦手意識や嫌悪感を抱く相手から浴びせられると本能的に恐怖を覚える。好きな相手の出す誘発フェロモンと同じそれは、感覚は違えど同じものだ。 また、準備室。 情けない位に小刻みに震える体を必死で抑え込む。なんでこうなった?なんでこんなことをされなくちゃいけない?ぷちぷちと軽い音をたてながらシャツのボタンを外されながら、腰にまたがった高杉くんは暗い目をして優しく囁いた。 「俺の大切な学を振り回して、自分は何も悪くありません?」 「は、え?」 「オメガの癖に、中途半端な体格しやがって。お前に騙された学がかわいそうでならないよ。」 何を言ってるのだ、高杉くんは。なんの接点もないはずの学のことを好き?つまりそういうことなのか。 酷く驚いた顔をしてしまっていたのか、その様子を鼻で笑うと、来ていたインナーごとシャツを巻き込んでたくしあげられた。 「俺がそばにいるはずだった…どいつもこいつも邪魔ばかりしやがって…。」 「っ、触んな!…学の代わりに制裁?…ならなんで守ってやろうとかいうわけ…っ」 高杉くんの行動の矛盾を指摘すると、キョトンとした後、まるでわかっていない僕をあざ笑うかのように呆れたようなため息をついた。 「お前が学にしたこと。同じことをしてやろうと思ってな?」 「同じ、こと?」 「惚れさせて、突き放す。お前がしたのはそういうことだ。してないとかいうなよ。現に学は深く傷ついた。お前のせいでな。」 晒された胸元を大きな手で掴まれる。痛みを覚えさせるように、胸骨のあたりを指で強く押されながら犬歯を押し込むように胸を噛まれる。 「ぃ゛!っ、…かはっ、くそ…っ、」 「だけどメリットもあった。俺が近づく事で起きたお前への嫌がらせ。悪いな、俺にファンが多くて。」 「ひ、ぅぐ…っ!」 「お前を取り込んで、突き放すには最高のシチュエーションだろ?ああ、お前も同じ目に合えばいい。そうだろ?自覚のないやつがすることは、いつだって人を簡単に傷付ける。」 お前が言うな!と、叫びたかった。声を上げようとしたタイミングで、まだ話は終わっていないとばかりに拳を振るわれれば呻くことしかできない。物理的に黙らされては、その情けない姿を見て嬉しそうに高杉くんの演説は続いた。 「学はな、俺の運命なんだ。昔からずっと、俺が側にいてやったのに気づきもしない。ミスコンは最高だった。女装は不本意だったが近づくきっかけにもなったしな?」 「ふ、ぅ…ぅ…」 「なのに、蓋を開けてみたらなんでお前なんだ?オメガはオメガらしくしてろ。人の恋路を邪魔するな。」 カチャカチャとバックルを外されながら至近距離で吐き捨てられる。オメガらしくってなんだ。お前みたいなやつがいるから、隠すんじゃないか。強いフェロモンに、気持ちの悪い感覚は続く。まるで眠る前の微睡みのように瞼は重いのに、感覚だけは鋭敏。ズルリとベルトを引き抜かれ、ズボンを中途半端にずらされる。ゆるゆると首をふることでしか拒否を示すことができない情けない体。 「お前を振ったあと、学を迎えに行くつもりだった。だけど今は末永がじゃまをする。あいつが学を囲ってるんだ。俺の位置だったのに。」 「やだ…やめろ…」 「益子は益子で好きなやつとくっついたしな?ずるいと思わない?アルファは幸せになって然るべき、だろ。将来の有望は俺達なんだからな。」 制止の手は何度も邪魔なハエを払うかのように弾かれる。苦しい、拷問のような時間だ。僕は知ってる、これ、2回目になる。奥底に蓋をしていたトラウマが今か今かと待ちわびる。かすかにずれた記憶の隙間に、真っ黒い手が差し込まれた。 「好きな人が他校にいるらしいな?」 「…、しゅ、」 「フェロモン強かった?学のために取っといたのお前に使っちゃったからなぁ、ま。自分が悪いんだから反省して。お前は今から俺に抱かれるんだよ。嬉しいだろ。」 「ゅ、く…っ、…あ、」 パチンという弾ける音がした、数秒後。力の抜けた足を重そうに抱えあげ、慣らしもしていないそこに張り詰めたそれが遠慮なく突き刺さってきた。 「、っ‥ーー!!が、はっ…」 「っ、あーー‥、はは、生きてる?どうよ好きな人以外のちんこは。」 「……、は……、」 高杉くんの声が遠い。ひさびさの耳と思考を皮膜で包むような他人事の感覚だ。腹も、そこも、千切れるように酷く熱い。四肢はもうなんの意味もない、ただくっついてるだけ。 僕は、まるで俯瞰して見るかのようにその様子を実況中継するかのように心を切り離した。大丈夫。こういうのは得意なんだ。バトンタッチをするかのように、中学生の僕が任せてと頼もしくうなずいた。 「ぁ、は…まな、ぶ…っ、…」 「ぁ、あ…っ…」 「うるせ、…少し黙って、…ァあっあ、学…あー、いい…っ」 ぶらぶらと力なく揺れる僕の足を邪魔そうにしながら、情けない声で自慰をする。人の体を使って、まるであのときと同じ。僕は終わるまで黙ればいい。 足元にいる僕は、ぼけっとした顔のまま口を開いたまま声をださない。浅い呼吸で、こらえているのだ。震える舌と、あふれた唾液が口から垂れている。 「は、ぁっかわいい、かわいいね学…こんな、俺を欲しがって…ここも、ここも全部かわいいよ…あぁ…」 この高杉という人、完全にぶっ飛んできている。僕は、二人の間にしゃがみながらまじまじとその接合部を見つめた。 ぐちゃぐちゃになったそこは、切れていて少しだけ痛そうだ。パチンという弾けた音はコンドームだったらしい。生挿入は本命にってところか。 「っ、…は…」 ガクガクと可哀想なくらい乱暴に揺らされている僕の口から、かすかに吐息が漏れる。苦しそう、あーあ、こんなに床に髪が張り付く位泣いたらパリパリになっちゃうでしょ。 胸についた歯型が痛いのか、突起は赤くなっていた。そこを執拗に吸い付いてくるんだから声だって漏れる。ひくん、と僕の右腕が震えた。 「はぁ、あ…また、でる。でるよ学…ん、は…っ」 腰を深く押し付けて、ゴムの中にどくどくと吐き出された。右腕がじくじくと熱を持った事で、せっかく押し込んだもうひとりの高校生の僕が反応しちゃった。 急に他人事だった僕の頭を侵食したのは、俊くんだった。 大好きな香り、腕、たくましい胸に優しい声。頭を撫でる手に唇に触れる柔らかさ。そしてなにより嬉しかったのは、右腕についた証。愛してる人だ。眼の前のこいつじゃない。なんだ。僕は、何を。 「っ、ぁあああああ!!!!!!」

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