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気になるあいつの良い人とは

追試も無事に済み、そしてやっぱり追試すらギリギリのラインでなんとか通った僕は見事な灰になっていた。前のテストと同じところがでるからよかったものの、基本解答丸暗記である。 なんとか空欄を埋め終えてから、改めて計算して同じ答えが出せるかやるという、テストの概念ぶち壊しの行為をしたのだけども、やっぱりどう頑張っても違うんだよねぇ。やはり解くセンスがないのかもしれん… とまあ、ひとまず終わったのでそこはいい!! 追試は土曜日に行われたので部活動以外で制服で来ている奴らは全員追試組である。みんなから、ああ…という目で見られるのが若干きつい。一課目だけだったので午前中でおわり。益子は4教科なので帰るのは昼すぎだろう。 肌艶がやけに良かったということは、忽那さんと楽しんだ翌日であるということだ。あれか、家庭教師プレイか。 「まーじ最悪でござる。帰ってもやることないしなぁ…」   要するに暇なのである。今から帰っても家につくのは昼位だ。そこまで考えて、はたと思いついた。 うちの高校と俊くんの高校は電車で一駅である。歩けなくもないが、三十分はかかるだろう。 まあ家の高校が駅から近いからよく待ち合わせて帰るのだけど、僕が行ったことはなかったのだ。 「俊くん部活で練習あるとか言ってたなぁ。」 何部だっけか。たしかバスケとか言ってた気がする。どーしよっかなぁ、とか言いながら足は勝手に駅の方に向く。じゃりじゃりとアスファルトに噛み付く靴の音を聞きながら、僕は俊くんの高校に向かうことにした。 今思えば俊くんが僕んとこ来てばっかだったので、こういう日があってもいいと思う。そう思い至れば足取りも軽く、いざゆかんマイステディ俊くんの元へ!! なんだかテンション上がりすぎて頭の中に勝手にミュージカルの音楽が流れてくる。突然来たら驚くかなぁ、喜ぶ?それとも恥ずかしがるのだろうか。どんな反応でもいいけど、笑ってくれたら一番幸せである。 ここんところしばらく使ってなかった電車に乗って、意気揚々と俊くんの通う高校へ向かった。 「桑原まじで部活やめんの?」 「ん?別に未練も何もねー。今日で最後。」 「なんでだよー!桑原背ぇ高いし戦力無くなっちまったら試合で勝てねーって!」 「上が詰まってたら下が上がれねーだろ。一年でも良いやついるから、そいつに代打まかせるように育てたし大丈夫だって。」 きいちが向かっていることなど全く知らず、俊くんはウザったそうに肩に回された木島の手を外すとTシャツの裾で流れる汗を拭った。 そんな姿すら絵になる友人を恨めしげに見ると、まるで胡麻をするように木島がへりくだった。 「たのむよ貴公子~お前いないとまたムサ苦しいだけの集団になっちまうって!かわいい一年女子がお前目当てでマネージャーの見習いに入ってきてんの!その子の気持ちも無視するつもりかぁ!?」 「そんな浮ついた気持ちで入るやつなんか好きになんねぇし、大体俺には番がもういる。」 「は!?!?番ってことは男オメガか!!なんだよ公私ともにチートかよざけんなってのー!」 「お前はもうちっと本能のままに動くのやめろ。」 今だ続く木島のだる絡みに辟易したのか、顔を鷲掴みにして引き剥がす。そんな男子の戯れさえも、俊くんがいるだけで女子の目線が増えるのだ。もてない木島が唯一勘違いできる瞬間である。相乗効果で俺もかっこいいとか思われないのだろうか、という下心が前提だが。 「やばいやばい。他校のいけめんが外に来てる怖い怖い!誰の彼氏だよ!」 「わんちゃんみたいな可愛さがあったけど背がたけぇ!他校のバスケ部の視察かも。」 なにやら一年が騒がしい。耳に入ってきたのは他校の男子というワードだ。普通に他校が入ってくんのはありなのかと思ったが、俊くんは過去にきいちの高校に潜入しまくっているので人のことは言えないので聞こえないふりをしたのだが。 「桑原先輩だそう、あの人うちのバスケ部で背も高いから威圧できるだろ。」 「あー、不良を人睨みで黙らせた桑原先輩ならきっと大丈夫だろうなぁーー!?」 「………。」 遠回しにお前がいけと言われている気がする。俊くんの機嫌は急降下だ。なんで顔だの身長だの見た目だけで判断するのか。こういうタイミングで毎回出されてれば不機嫌にもなるだろう。だいたい人睨みで逃げるヤツのほうが可笑しいのだ。その程度なら噛み付いてくるなと毎回思う。 俺がやめたらお前らどうするんだと思わなくもない。今後のためにもシカトこくことがコイツらの為なのだと無視を決め込んだ。まぁ、単純に面倒くさかったのもあるのだが。 「俊先輩行かないんですかぁ?」 「…名前なんかよんでたか?」 「だって名字で読んでも意識してくれないじゃないですかぁ。」 面倒くさいやつがここにもいた。一年の新人マネージャーである上原あかりだ。外堀から埋めるタイプらしく、周りに俊くんのことが好きだと言い触らしている。大変に面倒くさい人物で、自分がモテると思って憚らない。よく女子の間でモテテクなるものを講師のように演説している姿を見るので、密かにドン引きしている。 押し付けられた胸もモテテクのひとつなのだろうか。蜂蜜のように甘ったるい香水が、汗の匂いと混ざって偉いことになっている。羨ましそうに見入る木島とかに変わってもらいたい。切実に。 ちらりと期待を込めて見つめてくる後輩二人を見て、横にいる上原あかりと天秤をかける。後々の面倒臭さを比べると、かんたんに天秤は後輩の方に傾いた。 無言で絡みついてくる腕を外すと、そのまま他校生が来ているであろう体育館入り口に向かう。後輩はホッとしたような顔をし、上原あかりは勝手に自分のために向かったのだと勘違いして上機嫌になった。不機嫌なのは俊くんのみというような状態だ。 「なんか顔はきれいなんすけど近寄りがてーっつーか。」 「でもきょろきょろしてんの犬っぽい。」 「どこ。」 ぬっ、と後輩の間から顔を出して外を見る。憧れの先輩に近づかれたバスケ部員一年男子の体は、かわいそうなことに少しだけ飛び上がった。この胸の動機の原因を見ると整った顔を歪めた俊くんにさらにときめくという負の連鎖である。 「あ、あの更衣室のそばにいる…」 「…きいち!」 「えっ。」 面倒くさそうだった俊くんが驚いたような声を上げたので思わず後輩もびっくりした。なにせ感情の起伏があまり無いというか、基本ステータスが不機嫌な先輩の声に抑揚がついたのだ。 そして更に驚かされたのは、その声に反応した他校のイケメンが、嬉しそうに笑ったときの顔面の破壊力であった。

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