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信者を増やすな!

「きいち!」 体育館の入り口から見えたのは、俺の番のきいちだった。何でここにいるんだとは思ったが、呼んだ瞬間すぐに振り返って嬉しそうに笑う様子が可愛いくておもわず体育館履きのまま駆け寄った。 「俊くん!」 パタパタと駆け寄ってくる細い体をそのまま抱きとめる。体重が軽いのに背が高いせいで走るとよく転びそうになるので、抱きとめたのも例にも漏れずだ。 「ふへ、きちったー!」 「ぐ…っ、」 にへにへと笑う番が今日もかわいい。後ろの方でざわついている外野がいるが、別に好きにさせておけばいい。思わず腰に腕を回したままキスしそうになったのを踏みとどまった。 そうか、他校の生徒とはきいちのことか。首筋に顔を擦り寄せてすんすんとしている番の頭をなでながら、きいちがもっていたビニール袋を変わりに持つ。 「あ、これ差し入れー。俊くん部活頑張ってるかなぁって見に来た!」 「そうか…、スポドリさんきゅ、もうそろそろ帰るから待ってるか?」 「朝練終わりかぁ、うん。お昼食べてかえろ。」 昼練は今でないことに決めた。ワシワシと犬のように頭を両手で撫でるとくふくふと楽しそうに笑うので、思わず鼻の頭に甘く噛み付くと背後で悲鳴が聞こえた。びくりと肩を跳ね上げたきいちがどこだかを思い出したのか、気恥ずかしげにしながら噛まれた鼻を掻く。文句言わないあたりがやっぱりかわいい。 「あのぉ…お取り込み中すんませーん。」 ふと木島の声がして振り向くと、俺の後ろからひょこりと顔を出したきいちがニコっと笑ったらしい。顔面の圧がすげぇ!とまぶしそうにのけ反る木島の頭をひっぱたく。 「何。」 「た、端的~…その子もしかしてさっき言ってた子?」 「こんちゃ。きいちです、俊くんの僕です。」 「そう、俺の番のきいち。」 おおっ…と謎に感嘆の声を漏らす木島にさえもニコニコと優しく微笑むきいちの視界から木島を隠す。こんなムサ苦しいだけの男なんて見なくていいという意味なのだが、なんでぇ!とかいいながら反対側から顔を出した。可愛い。 「あっちいる人たちも友達?」 「そう!俺桑原くんの友達の木島!可愛い子いたら紹介してね!」 「あっ、お断りしますぅ…」 「打ち解けなくていい。そして木島は向こうもどれ。」 「そんなこと言うなって貴公子~!」 もう言われなれすぎて嫌味にしか聞こえない貴公子は他校のバスケ部が俺に対して読んでいたあだ名らしい。まさかそれをきいちの前で言われるとは思わず、むっと睨みつけると小さい声ですんまっせーんと言われる。余計なことしか言わないからお前は持もてないのだ。 「なんで貴公子?」 「こいつ試合でも無愛想だから、顔もいいのが混ざって貴族なんじゃねえの?ってなって貴公子。」 「余計なこと言うなっての。」 帰るも何も鞄は体育館にぶん投げてあったのだ。めんどくさすぎて練習着にジャージでそのまま来た為、鞄さえ持てばすぐ帰れる。きいちと木島は打ち解けなくていいのに、話しながら歩き出した俺についてきた。きいちの腕を掴むとそのまま隣に歩かせると照れたように見上げてきた。可愛い。何度でも言うけど可愛い。 「ちょっと!」 きいちを体育館入り口の外に待たせて近くにいた後輩に鞄を取ってくるように言うと、上原がぶすくれた顔で仁王立ちしていた。きいちは自分が声をかけられていると思っていないようでボケっとしている。 「ねぇ!ちょっとそこのピアス!」 「…うん?」 きいちの右耳のピアスのことを言っているのだろうか。当の本人は首を傾げつつ周りを見渡し、むしろ周りが呼ばれてますよとジェスチャーをしてくれたせいで、目の前の女子生徒を認識したようだ。 「あ、僕?」 「そうよ!あなた俊先輩の友達?それにしては馴れ馴れしくない?」 「上原、別にお前に関係ないだろうが。」 「僕は俊の番だけどなんか文句あんのかな?」 「え。」 にっこり。それはもう満面の笑みで、まさかおっとりしたきいちからそんな煽るような文句が飛び出してくるとは思わずぽかんとしてしまった。それよりもベッドでしか呼び捨てにされないので、シラフで言われると破壊力がすごい。にやけないように無表情キープするのに必死になりすぎて、俺の腹筋は悲鳴を挙げている。下手なトレーニングより地味に効果がありそうだ。 「え、え?じゃあ、俊先輩の恋人ってこの男?」 「なんだ、オメガに偏見ある子かな?悪いけど俊は僕のだから君に渡すことはできないんだよねぇ。諦めて。」 「ぐっ…、」 「桑原が照れてる顔始めてみたんだけど!!!」 コテンと肩に頭を寄り添わせてきれいに微笑むきいちに、心のなかでガッツポーズをしながら取り繕う。木島がやかましいが、男なら己の番からそんなこと言われたら嬉しくないわけがないだろう。やり取りを見ていた部活仲間も若干羨ましそうである。 「そ、そんなのきいてないんですけど!俊先輩、あかりじゃだめなんですか!?」 「無理。」 「た、端的…切り捨てるにもやり方があるでしょうに…」 木島が呆れたように見ているけど、きいちは俺の答えに嬉しそうにしながら照れている。こいつはまじで俺が絡むと人の好き嫌いが一気に激しくなるので、上原あかりは完全にきいちのなかで嫌いな部類に入ったのだろう。まぁ、自己主張の強い女は総じてトラウマの部類だが。 「君さぁ、人の番にちょっかいかけるよりももっと周りに目を向けなよ。可愛いんだし。」 「え、…か、かわいい!?」 じぃっと見つめられて、ムッとしていた顔の上原がわずかに頬を染める。切り替え早いな。顔がいい男なら誰でもいいのかと呆れた目でみてしまう。 きいちはしっかり俺の腕にくっついたまま、いつもどおりの気だるげな雰囲気で口を開いた。 「色んな人にモテるより、一人の男にまっすぐに思われるような良い女になれよ。」 「んなっ…!」 ズビシッと音がするように、きいちの言葉が上原の胸に突き刺さったらしい。衝撃から徐々に立ち直ってくると、先程目の敵にしていた様子とは打って変わってキラキラした目できいちを見つめた。 なんとも頭の痛いことに、俺の番は正論で人を惚れさせる天才なのだ。これは明らかに母である晃さんの血だ。 「い、いい女…あかりになれるかな…」 「なれるかなれないかじゃなくてさ、なるんだよ。あかりはなりたくないの?」 「な、なりたい!いい女!」 「でしょ?いい女になれば、逆にまわりがほっとかなくなる。今のうちに見極めて目を養わないとね。」 「はい!!」 今までで聞いたことのないようなしっかりとしたお返事だ。周りの奴らもきいちの言葉にうんうんとうなずいたり、木島に関しては上原同様キラキラした目で見つめてきている。無意識にファンを増やす語録だけは頂けない。 当の本人はファンが増えているなど全く気にせずの我関せずで、くありと一つあくびを漏らした。

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