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ヴルストを一口
「ひぇ…っ」
隣から小さな声で押し殺した悲鳴が上がる。吉崎は自分が選んだくせにホラーが駄目なようで、指の隙間から映画を見たり、不意打ちのように驚くシーンが来るとそのたびに末永にポップコーンを浴びせていた。
3回くらいまみれた所で末永が吉崎からポップコーンを回収し、今は末永の膝の上にあるそれを時折吉崎が摘むという流れに落ち着いた。
末永はというと、ホラー映画は作り物だと最初から認識しているので全然怖がらない。むしろ吉崎が面白い位ビビるので、頬の内側を噛みながら笑うのを堪えていた。
「ひゃ、っ」
「んぐ、」
「………みっ。」
猫みたいな声出すなと思いながら、隣を盗み見た。暗闇でもありありとわかる。ビビりすぎて目を見開きながら固まっている。その手は先程からしっかりと座席を握りしめており、たまに目を瞑りそうになるのを我慢しているせいか、顔がクシャクシャになっているときもある。
「………、おい。」
「ぎっ、………何。」
「手握ってもいいぞ。」
「え……お、おう…。」
流石に横でビクビクされてるのも気になるので、何となく手を差し出すと、柔順に手を載せてきたので握り返す。背もたれに身を預けながらあくびをしそうになるのを何とか堪え、貸した左手の温もりを握り返しながらボケっと映画の続きを眺めていた。
高校の旧校舎全体が呪われており、肝試しをしていた5人が閉じ込められたのをきっかけに様々な怪奇現象が起こるという内容だ。
末永は、ここで出るだろうな。というのがなんとなくわかるので驚かなくて済むが、吉崎は素直に驚く。そのたびに握り返される手の力にぎょっとはするものの、まあそこまで痛くはない。ただミシッてされるだけである。
「んぃ、っ…」
ビクンと、末永の手ごと吉崎が跳ね上がった。丁度映画の中でははぐれた一人を探して四人が纏まって行動をしていた時、不意をつくように突然大きな音と共に額縁が床に落ちた。恐る恐る拾った写真の中には、失踪した人物とそっくりな生徒が古めかしい校舎を背景にモノクロ写真で写っており、最初から5人目はイマジナリーフレンドだったという事を示唆していた。一種の降霊術のようなことが、このホラー映画の醍醐味だったようだ。
片手を塞がれた吉崎が口元を抑え驚いている。ガチガチに固まっている吉崎の口元にポップコーンを持っていってやると、ぱくりと末永の指ごと口に含まれた。
「っ!」
「ん、ん!?」
ホラー映画は全く怖くないが、吉崎の不意打ちとも取れる攻撃は末永に見事ヒットした。慌てて口を離すも、なんだか妙な空気が流れる。ホラー映画よりも心臓に悪い。
「ご、ごめん…」
「いや、いい…」
なんだか吉崎もドギマギしているようで、これが噂の吊橋効果かと検討違いなことを思った。
結局末永は最後までホラーを怖がらないまま、むしろ後半から内容が頭に入らないまま120分のひと時を過ごした。
「まじ怖かったわー、結局なにあれ、最後の5人目はあの校舎裏に埋まってたってこと?」
「そうだな。」
「隠れんぼして探し出してたのやばかったわ。俺軽くトラウマ。隠れんぼできねぇ…」
「そうだな。」
「…………おい。」
そうだな、と続けようとしたが吉崎が末永の腹をぺしりと叩いたので漸く意識が戻ってきた。
末永の映画時間は、隣が好きな人だったことと、ハプニングで供給過多だった。しかも聞いてくれ、映画に出てきたおばけをデフォルメしたお揃いのキーホルダーまで購入してしまった。浮かれるなと言う方が難しい。
「…その、嫌なら謝るよ。」
「なにがだ。」
「や、ずっと手握ってたこと?」
「いや、構わない。」
ならなんで不機嫌なんだよ、と困った顔で吉崎が言うので、末永は困った。別に不機嫌でもないし、情報の処理に頭が追いつかなかったから黙ってただけで、朝から今までずっと内心はカーニバルであったからだ。
「…怒ってない。すまない。」
「なら、いいけどよ。」
しょぼくれた様子の吉崎に狼狽える。自分が無愛想なのは自覚がある為、朝とは打って変わってそんな顔をさせてしまったのかと思うと頭を抱えたくなった。少しだけ逡巡したが、吉崎の手を握るとそのままずんずんと歩いていき、公園の中に入った。
ここの公園は、何やらオクトーバーフェスを開催しており、酒類は飲めなくとも真新しい出店やバンド演奏など楽しい催し物が開催されているのだ。
吉崎はぽかんとしたままされるがままに連れて行かれたが、周りの雰囲気に飲まれたのか少しだけ気分が上昇したようで、きょろきょろとせわしなくあたりを見渡していた。
「なにここ、すげぇ…」
「調べた。ドイツの本場のヴルストも食べられるようだ。好きだろ?」
「ヴルスト?」
「ソーセージのことだ。」
「おおっ!」
吉崎がよく昼に肉料理やウィンナーが挟まったホットドッグなどを食べているのを見ていたので、約束した日がイベントと重なることを確認した上で連れてこようと思っていたのだ。
会場内は陽気な外国人が腕を振るう屋台が並び、どれも肉のいい香りがしていた。
吉崎の腹の虫がかすかに鳴いたのを聞いて、末永はその手を繋いだまま屋台へ向かった。
「焼きヴルスト二本とジンジャエール2つ。」
「え、俺払うって!映画もおごってもらったし!」
「構わない。俺が食べたいから付き合ってくれ。」
「お、おう…」
店主から商品を受け取ると、開いてるテーブル席に座ってトレイの蓋を開けた。
中からは骨付きのヴルストが肉汁をパンパンに蓄え、ぷりんとした存在感を放っていた。かすかに香るスパイシーな香りも実に食欲をそそる。
吉崎が火傷をしないようにヴルスト紙で包んでから渡してやると、おずおずと受け取った。まるまる太ったヴルストをしげしげと見やりながら、どこから食べようか迷いつつ、ぱくりと先端から食いついた。
「んん、っ…む、!!!」
「ぶふっ…」
目は口ほどに物を言うとはよく言ったもので、キラキラとした表情で滲む肉汁を落とさないようにもむもむと口を動かしながら食べている。小さな口で頬張る姿を末永は微笑ましい気持ちで見ていたが、幸せそうに目を細める吉崎が可愛くて思わず笑ってしまった。
「んぐ、…な、なに。」
「いや、うまそうに食うなと。」
「末永もくえって!めっちゃんまい!」
「ふふ、うん。そうだな。」
吉崎に促されるまま、がぶりと先から齧りつく。末永は口が大きいので一口もでかい。吉崎が3口で食べる分をバクリと食べると、目の前にいた吉崎が若干頬を染めて悔しそうにしていた。
「ただ食ってるだけなのにサマになってんの腹立つ…」
「む、ありがとう?」
「どういたしまして!?」
吉崎も末永の真似をして大きく口を開いてバクリと食べたが、結局咀嚼するのに忙しくて暫くの間ずっともごもごと口を動かしていた。
その愛玩動物のような姿に末永が悶ていることなど知らず、吉崎は末永の食いっぷりを見たときに感じたときめきに気づかないふりをするので忙しかった。
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