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それはやめてください

「学、今日の議題についてなんだが…」 「ん、あとで資料持ってく。」 「助かる、じゃあ会議室で。」 なんというか、末永くんと学の距離が縮まっているような気がする。じぃっ…とその様子を益子と見つめていると、それに気がついた学がキョトンとした顔で首を傾げた。 「何?なんかあった?」 「学って学って呼ばれてたっけ。」 「お前らにな!」 「いやいや、末永によ。」 益子が僕が引っかかってた理由をさくっと聞いてくれたおかげで少しだけ感じいていた違和感の正体に気がついた。そうかぁ、そういえば末永くんが名前呼んでるの聞いたことなかったからか。なるほどぉ…と自己完結しようと思ったのだけど、学が何だそんなことかと溜め息をついた。 「こないだでかけてから仲良くなった。」 「なんだぁ!友達増えたんだよかったねぇ。」 「ええ?なんかもっと親密な感じにみえっけど…」 学がこの間のことを振り返るように、少しだけ頬を染めた。よっぽど楽しかったんだろう、そういえば末永くんも最近サイボーグ味がなくなってきた気がする。益子はなんとなく腑に落ちないような顔で疑ってたが、見事にフルシカトされていた。 「そういや益子は追試どーだった?」 「葵が最&高でした。」 「いやそこじゃねんだよなぁ~」 別に忽那さんとどうしっぽりずっぽりしたのかは聞いていない。ただ益子の様子だと僕と同じで追試はうまいこと言ったのだろう、清々しいくらいの笑顔である。吉崎は知らなかったのかぽかんとしていたので、忽那さんは益子の番だと説明すると声を上げて驚いていた。 「近所のエッチなお兄さんは存在したのか!!!」 「また!!またそれいう!!もうそれほじくり返さないでくんないかな!?」 「僕この間忽那さんに言ったけどポカンとしてたよ。」 「お前言うなっつったろ!!エッチなお兄さんと言われて葵が恥ずかしがるだろうが!!……いい。それはそれで興奮するかもしれん。」 というかそのあだ名は忽那さんの知らないところで浸透しちゃってるからバレる前に謝ったほうがいいんじゃないかなぁ、というかお前すぐ興奮するな。引くわー。 なんとなくそんなことを思っていると吉崎は思い出したように口を開いた。 「そういやうわさによると転校生が1月にくるかもらしい。11月にした補欠募集で一人受験すんだとよ。」 「てことは三学期初めか。2年で転校とか忙しい奴だな。」 「たしかにたしかに。まぁ、仲良くやりましょ!それにまずは体育祭だからね。僕頑張るよ応援。」 「早速参加する気まったくないやつがここに…」 そう、10月末の体育祭まで行く日もないのである。やる気満々の学は恐ろしいことにリレーと、委員会選抜競技にも出るらしい。僕は帰宅部なので出ないけどな!ちなみに写真部は撮影係で競技は免除らしい。それはそれでずるい。 「今年も盛り上がるかなぁ、障害物借り物競技。」 うちの高校の体育祭の人気イベントである障害物借り物競技は、毎回ちょっとしたハプニングがあるのだ。網くぐりや平均台を駆け抜けたり、側転の早さを競ったりしながら仮装をして、最後には引いたくじに書かれたものをゲットしてゴールに向かうのだ。 くじによっては地獄を見る。去年は末永くんが野球部顧問の緒方と手をつないでゴールするという罰ゲームのようなくじを引いて、引きずられるようにしながら一位をもぎ取っていた。 腕毛たくましい緒方に手をカップル繋ぎされながら青ざめた顔で土煙とともにゴールテープを切った末永くんのフィジカルには眼を見張るものがあったが、メンタルはどうだろう。今年はないといいね!!緒方は筋力体力ともにおばけなので組まされると疲労が2倍なのである。 「僕すぐコケるから走りたくないんだよねぇ。」 「あー、きいちひょろっこいもんな。だいたい躓くし、ヒョロガリ。」 「体のバランスがわるいのか?」 「後半ほぼ悪口で震えるんですけど!!」 わなわなしてしまうくらい吊るし上げられて笑う。ちなみにクラスのみんなも何故か聞こえていたのか頷いてるやつもいる。オイコラ外野!せめてフォローしてくれよ! 「まぁこの後体育だし、走者決めやるだろ。きいちはなんの種目でるんだよ。」 「得点係。」 「淡路と坂本の出番ですね。」 ですよねぇ。 ちなみに淡路くんも僕と同じような体型なので嘆いていた。わかる。体育祭実行委員っていわれても君軽音部だしね。メガネのインテリ派坂本くんはクソ真面目にやる気満々で筋トレを始めたらしいが、体育祭実行委員て筋肉いるのだろうか…。まぁ本人がやる気なので周りも遠巻きに見守っている。 今やプロテインといえば俺に聞けとばかりに詳しくなっていて面白い。 「そういや帰宅部は前回障害物借り物競技だったな。」 「またまたご冗談を!!」 「文化部が基本やるっぽいけどレーンに対して人数たんねぇとかでさ。」 「淡路くん競技のレーン一本減らしといてくんない!?」 益子の恐ろしい一言が信憑性高すぎて、後ろの方で坂本くんと競技の推薦選手を決めていた淡路くんにあわててかけよって飛びつく。後ろから突撃された淡路くんはめちゃめちゃびびっていた。すまんの。 「おわっ!レーン減らす権限なんか俺にあるかな…体育祭担当の先生に聞いてみたほうがいんじゃね?」 「うへぇ…今回緒方じゃん…一本引き忘れたとかでさ、どうにかなんないかなぁ…」 「ならん。大丈夫だ、筋肉関係ない競技だしな。お前みたいにガリでもいける。」 「坂本くんまじで知らん間に脳筋になってる…」   メガネを光らせながらブリッジを抑えて言う。その癖はなおってないのね。インテリ筋肉じゃん… 淡路くんの推薦選手の紙をちらりと見ると、障害物借り物競技の欄に僕の名前が書いてあった。 「ぎゃあ!!だめだめぜったいだめ!!何でもするからそれだけはだめ!!」 「な、なんでも…?」 「片平。これは決定ではない、安心しろ。お前の生活態度によっては変更してやる。」 「坂本くん風紀みたいなこと言うじゃん!!!」 僕が悲鳴を上げると益子がにこにこしながら近寄ってきた。何だその笑顔!嫌な予感しかしないんですけど!?!? 「きいちぃ、体育祭たのしみだなぁ。仮装の衣装は体育祭実行委員が決めるらしいから、まともなものを選んでくれるように取り計らっといたほうがいいんじゃね?」 「そもそも部活対抗なら部活の服でやるだろう。着替えが面倒なのはあまり選ばないから安心しろ。」 「そ、そうか。そうだよね…ならいいか、うん。」 そういえばバスケ部はバスケシャツの上から白衣を着て走っていたりしてた気がする。競技だから面倒なのはなしということだろう。それなら安心か、と思い直した。 かと言ってやりたいわけではないのだけど、少なくとも不安材料は一つ減った。 しかし僕は忘れていたのである。去年水泳部部の先輩が競パンにエプロンで爆走したのをみて、益子と二人で爆笑した過去を。 そしてその先輩が今回の障害物借り物競技の参考にされているということを知らなかったのである。

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