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それはとっても不器用な

「おかんネギ買ってきた!!」 「でかした。切るからもってこーい。」 「俊くんもきた!!」 「お邪魔しまーす。」 俊くんに付き合ってもらって帰りにスーパーでネギ買って帰ってきた僕でーす。今日は俊くんがうちんちに泊まりに来たのでワクワクのドキドキである。 靴を脱ごうとしてふと三和土を見ると何故か知らない女性の靴とスニーカー、そして革靴。 親戚でも来る予定あったかなぁ、なんて首を傾げつつもスリッパをセッティングした。 「おっ、きた。こんばんは俊くん。」 「こんばんは、来客ですか。俺迷惑じゃないですか?」 「むしろこういうのは早いほうがいいかなって。」 「はい?」 オカンはにこにこしながら説明もなしに手招きをする。俊くんも僕もわけがわからないまま家に上がると、促されるままにリビングに向かった。 まったくよくわかんないけど、まぁ緊張する内容ではなさそうだなんて考えながら、リビング扉を開けた。 「…え、」 「お前に謝りにきたんだってよ。」 気楽だった僕の目の前に飛び込んできたのは、緊張した顔の高杉くんと、そのご両親だった。 高杉くん退院したのか、とか、スッキリ丸められた髪の毛も意外と似合ってる、とか。気の利いた一言でも言えればよかったのだが、あまりに驚きすぎて絶句してしまった。 「きいち?どうし…、」 俊くんがひょこりと僕の後ろから顔を出した。不自然に区切られた言葉のあとに、今まで感じたことのない、ブワリと信じられないくらいの圧が後ろから膨れ上がった。 ビリビリと空気が鳴るような錯覚を起こしてしまいそうなくらいのアルファの威圧フェロモンだ。ビクリと体を震わせた高杉くんが真っ青な顔で下を向く。 「てめぇ…」 「俊くん圧かけんな。大丈夫だから。」 ぺしりとオカンが俊くんの頭をネギで叩く。こんなことできるのも経産夫のオメガだからだ。僕も慌てて俊くんに振り向くとガシリと顔を包んで目を合わせた。 「大丈夫大丈夫!ちょっとびびっただけだし、なんともおもってないから!ね?」 「……、」 眉間にきつく寄ったシワと、先ほどと百八十度かわって獰猛なオーラを放つ俊くんをなだめる。これも僕のためを思ってだということはもちろん理解している、だけどここで威圧しても話が進まないのだ。きっとうちにオカンが招待したという事は、敵意はない。 ちらりと後ろを見ると、よほど強かったのか、少しだけ息を乱した高杉くんがゆっくり座り直したところだった。 アルファの違いで効く効かないがあるらしいけど、高杉くんには効果覿面だったみたい。僕もオカンも平気だけど、高杉くんのパパであろう人の顔色も少しだけ悪い。どんだけ警戒心をむき出しにしたんだろう。 「未だ嘗て無いほどキレている…」 俊くんに抱きこまれながらグルルと喉奥から獣の唸り声が聞こえてきそうだ。嬉しいけど落ち着いてもらわない限りはどうしょうもないので、ポンポンと腰を叩いて腕を緩めてもらってなんとか抜け出した。 「俊くん待てできたら何でも一個言うこと聞く。」 「絶対だな。」 「唸らない圧をかけない殴らない!この3つが約束できたらね。はい復唱!」 「唸らない。」 「残りの2つは!?」 マジで不安しか残らないんですけど!俊くんになんとか残りの2つを約束させて、破ったら1ヶ月お触りなしという罰も告げると渋々、本当に渋々引き下がってくれた。けど、目力やばいね!まあこれくらいは仕方はい。 オカンはテレビの前のソファーに座ると呑気にチャンネルをちこちこと動かしていた。あんた何してんだ!この場を僕が回せと!? なんとか椅子を引いて高杉くんの向かいに座る。隣を陣取ったのはもちろん俊くんで、隣でキレ散らかさないように先ほどから素数を数えるように言いつけておいた。目だけが力強いけども。 「久しぶり、腰はもう平気?」 「あ、…ああ…」 なんかやり捨てした男みたいな心配をしてしまった。高杉くんは青ざめた顔で小さく頷くと、少しだけ深呼吸をしたあとに、勢いよく立ち上がって頭を下げた。 「おわっ、」 「すみませんでした!!…、本当に、本当に申し訳ないと思ってます。」 「…えーと、うん、いいよ。」 呆気にとられてしまったが、僕は別にもう気にしていなかったし、そういうもんだと思うことにしたので今更である。水に流したわけじゃないけど、やらかして後悔する時点でそれが罰になると思っているので、僕が許すのだって不思議じゃないはずだ。 「この度は、息子が本当にすみませんでした。」 高杉くんの横で、日本男児らしいすっきりとした顔立ちの美丈夫が一緒になって頭を下げた。この人がおそらくお父さんなのだろう。 弥生さんも立ち上がって、3人で頭を下げている状態だ。なんだかそれがいたたまれなくて、慌てて頭を下げるようにとりなした。 「なんていうか、高杉くんだけが悪いわけじゃないでしょ。」 「…息子を親の立場からきちんと正すことができないまま、放置してしまった。うちの家族の問題に、きいちくんは巻き込まれた形になると思います。」 「弥生さんとは、話し合ったんですか?」 「ええ、こんなことが起きなければきっと向き合うこともなかった。私の言動も言葉が足りず、息子が湾曲して受け取ってしまっているのを気にもしないまま過ごしていた。これは完全に私の不徳の致すところです。」 高杉くんのお父さんは、今回のことで大分こたえたようだ。自分が良かれと思って行動してきたことや、教育も、まるで業務のような言葉でしか伝えなかったらしい。仕事ができる分、何も間違ってはいないのだと勘違いしたまま、家族を一度失ったのだ。 まるでその時のことを思い出すかのように俯くと、それをみた高杉くんが震えながらぼろぼろと涙を流した。あまりにも自然に涙を流すから、少しだけ動揺した。テーブルの上にあったティッシュを無言で差し出すと、弥生さんが頭を下げた。 「俺は…、自分が正義のつもりだった。でも、それは間違いだったんだ。あの時に、きいちにしたことは絶対に許されない事だって、教えてもらわなければわからなかった。」 「僕もさ、あん時にしねって言ってごめんね。」 「言われて、当然だ…。こんな歳になって、親と一緒じゃなきゃ謝ることの勇気すら出せなかった。きいち、ごめん…殴ったり、犯したりして本当にごめん…」 「じゃあさ、許してあげるからもうこの話やめない?」 純粋に、面倒くさくなってきたというのが本音である。こんなに後悔して、悔いているのにもっと謝れだなんて言えるわけないし、言うつもりもない。治療費を受け取った時点で、もう許しているのだ。 「高杉くんが僕にしたことはずっと消えないのに、これ以上の罰なんてある?」 「それはちがう、って…っ」 「違くないよ。僕が君に犯された過去は変わらないし、君もそのことを後悔しても過去は変わらない。ならその過去と向き合って生きるしかないでしょ。僕は、落とし所を見つけた。だから高杉くんもさっさと向き合って、僕と友達になって。」 「君は、なんだかすごいな…」 高杉くんは顔がべショベショでちょっとおもしろい。少しだけそれに笑うと、弥生さんが差し出したティッシュでゴシゴシと顔をこすってなんとか平静になろうとするも、またじわじわと涙がでてくる。 普段泣かないと涙の止め方はわからないものだ。 あんなに自信満々だった高杉くんが、小さい子みたいに嗚咽を堪えている。プライドが高い彼がここまでなるんだ。これ以上は何も求めるものもない。 「僕が助けてほしいときに、助けてくれる約束して。」 「うん、うん…っ、」 「高杉くんの、おとうさんもね!弥生さんと仲直りしたからここにいるんだろうけど、ちゃんと奥さんの言う事聞いてください。うちのオトンもだけど、家庭に入るとアルファは途端にだめになるらしいので。」 「あ、ああ。そうだね、うん。ありがとうね。」 「私はきちんと母としてしっかり教育し直します。晃さんとも約束したもの、あなたのお母さんを見習わなきゃね。」 「うちのオカン鬼嫁なんで、飴の配分だけ間違わないでくださいね!」 なんだかんだ一時間位は話したようで、高杉くんもやっとこさ泣き止んだ。 うつむいたまま顔を上げはしてないけども、少しだけ耳が赤い。というか退学になったんだから大変なのは高杉くんもおなじである。むしろそっちを心配したら、今は通信高校に通いながらお父さんの手伝いをしているらしい。 よく見たら弥生さんと高杉くんのお父さんの薬指に指輪が復活していた。 きちんと収まるべきところに収まったようでなにより。 「話し終わったんならこれから鍋パすんぞ。」 「キムチ鍋!うひゃ、俊くん野菜斬るの手伝って!高杉くんも!」 ご指名された二人は、信じられないという顔でぼくを見たけどここは無視である。オカンはそんな僕ににこにこしながら、呆気にとられる高杉くんのご両親に言った。 「うちの子、いい性格してんだろ?」 まああなたの子供ですしね!

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