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我が家のデバフ

オカンに差し出されたエプロンを身に着けて一緒にキッチンでつみれにする肉を捏ねていると、リビングの方からそれはもう恐ろしい位の気まずい空気が流れてきているのに気がついた。 「…僕あっちいくべき?」 「こんくらいでビビってたら世の中渡っていけねーよ。俊くんなら大丈夫。」 「ならいいんだけどさぁ…」 俊くんには鍋に入れる茸のいしづきをほぐしながら食べやすい束にちまちま分けてもらっている。そしてその向かいで死にそうな顔をしてスナップえんどうの筋をとってもらっているのが高杉くんだ。 俊くんは僕にした事で完全に高杉くんのことを敵認定してしまっているので、僕的には今後のためにも仲良くしてほしい。そして高杉くんも今回のことで必要以上に人と接触するのを控えようとしているらしく、このままではいけないと弥生さんがオカンと相談した結果、今に至るというわけだ。 オカンは下茹でを終えた野菜を大皿に乗せると鍋に出汁を入れて火にかけた。男が多いのでガスコンロ2台を設置するために、リビングのテーブルに向かうと、高杉くんはまるで縋るような目付きで僕を見上げ、無言でこの状況から解放されたいとアピールしてきた。 「おー!高杉くん上手。これ茹でてゴママヨとあえんね。」 「き、きいち、…なんか手伝うこと…」 「ん?あと煮込む位だし、俊くんもせんきゅー。きのこちょーだい!」 「おう。…オイコラ。」 俊くんのキレた声にビクリと身体を跳ねさせた高杉くんは、腹をくくったかのようにじぃ、っと俊くんを見つめ返した。顔色は悪いけど逃げちゃだめだと思ったのだろう。お互いに向かい合って具材をほぐしてたからそれに集中して、という建前で話さなかったんだろうなぁと思いつつ、スナップえんどうと茸をオカンに渡す。 「めちゃ丁寧にほぐしたな!!」 「よっぽど話したくなかったんだろうねぇ。」 スナップえんどうの筋もめちゃめちゃきれいである。こんな捨てられるとわかっている筋を納品するかのように丁寧に束にするなんて、高杉くんもパニクってたんだろう。少しだけ申し訳ない気もしないでもない。ちなみに茸は二房づつに分けられてかごに綺麗に並んでいる。おもろ。 「俺は許してない。」 「わ、かってるよ…」 「…ただ、俺は自分の番が決めたことは尊重する。けどお前とは仲良くはしない。」 「あ…、」 なんとなく聞き耳をオカンと立ててると、俊くんははっきりと言った。むしろ刺々しさは全く抜けてはいない。圧をかけてないだけ及第点か。 「そもそも僕が良ければ全部良くない?」 「まぁ番に手を出されて許せるアルファのがすくねぇよな。」 「ふぅん…」 それならば僕も俊くんの気持ちを尊重するだけである。高杉くんはこれから自分と折り合いをつけて、新しく学び直さなきゃいけないのだ。長い目で見て苦労するに違いないと言うところで俊くんも直接的な怒りをぶつけないように自制してるんだろう。 それに、高杉くんは好きだった学からの心象も最悪で、それに関しては自業自得なのでフォローは出来ない。 ただ僕は、彼の中の何かが大きく変わったんだろうなと思った。人生改変で、生まれ直した高杉くんは僕の中でバブちゃんである。 「ほいよおまたせ。鍋煮立つまで副菜食べて待っててね。」 「高杉くんのむいたスナップえんどうもこんな感じになり申した!」 おかんと二人で鍋を持っていくと、一個は俊くんが持つのを手伝ってくれたので、僕は慌ててきた高杉くんにスナップえんどうの和え物を渡す。後ろの方で弥生さんが少しおかしそうに慌てる息子を見ているけど、初めてあったときよりもずっと母親として充実しているのだろう、温かい目で見ていた。 玄関の開く音がして、吉信が帰ってきたのをオカンが迎えに行く。高杉くんとその両親は少しだけ 緊張した様子で立ち上がって出迎えようとしているけど、多分いらない緊張だ。 「ただい、…」 ガチャリとドアを開けた瞬間吉信が硬直した。わかる。なんかみんな空気的に立ち上がっちゃったからただ事ではない雰囲気になっている。暫くポカンとして、そういえば来るとか言ってたなぁ。と思い出したように呟いた。なんだよ僕だけ知らなかったんかい! 「出迎えが、圧がすごい。」 「おら、手ぇ洗ってさっさと着替えてこい。」 「はいはい。」 何を言うでもなく、謎の感想を呟いた吉信はそのまま二階に着替えに上がっていった。緊張しっぱなしの高杉くん家族はどうしようという顔をしていたけど、とりあえず大丈夫だから早く座ればいいとおもう。 「オトンは僕に似てマイペースだから多分大丈夫。」 「むしろ高杉さんとこのお父さんと仲良くしてもらえねぇ?あいつ部下はいても友達すくねぇんだわ。」 オカンの提案に高杉くんパパが固まる。わかる、わかるよ。被害者の父親とかに殴られる覚悟をしてたんだろうしね、まさかの友達になってあげてという断りづらい提案をぶん投げられて、内心は大嵐でしょうよ。さすがオカンである。 「い、ご、ご迷惑では…あと、今は坂崎になりました。」 「うん?弥生さんも言ってたけど。坂崎さんも友達いないんだろ?丁度いいじゃん。」 「い、ま、あ…あぁ、そ、そうですね…」  「ならいいべ。別に。」 オカンのスマイルは有無を言わせない効果がある。俊くんも高杉、今は坂崎くんか。も青ざめた父親の顔を見て動揺している。弥生さんだけ嬉しそうに微笑んでいて、やはり母親は最強なのだと思い直した。 吉信が気楽なスウェットでリビングにおりてきたときは笑ったけど、オカンに促されるまま方やスーツ、方やスウェットでのお友達の握手の絵面が面白すぎて、戸惑う坂崎さんとは対象的に吉信は背後に花が飛んでいた。多分友達が増えたのが嬉しかったのだろう。 「いいんですか?、その、お宅の息子さんを…」 「うん、その話はもうきいちの中で終わってるようなので。気にしてないんだろ?」 「ぜーんぜん。」 「だそうです、どうぞよろしく。」 もうこの場合の対処はどうしたら…という坂崎さんのなんとも言えない顔が何故か僕に向いて、これって多分助けを求められてるんだろうなぁ、なんて思いながら箸と器を人数分渡した。 「これ配っといてください。」 「あ、はい。」 流されるまま坂崎さんも皿を配りながら、なんか違うなと言う顔をしていた。曖昧になればこっちのもんである。我が家に足を踏み入れた者たちは僕らのマイペースさに巻き込まれてシリアスではいられなくなるのだ。 結局前半の懺悔室みたいな空気から和気あいあい手前までの鍋パを楽しみ、そしてなぜか吉信と坂崎さんが名刺交換をして仕事の話で盛り上がり、それを辟易した目で見つめるオカンと弥生さんに母親の愚痴が増える気配を感じつつ、坂崎くんと俊くんの三人で何故か僕の数学を見てもらうという状況になった。 「え、なんで僕テキストひらいてんの。」 「お前、追試で赤点ギリギリは流石にまずいだろ。」 「ここ、ややこしいよな。通信で教えてもらったから手伝えるぞ。」 「えぇ…僕の赤点がきっかけで結託すんのやめてくんない…」 なんということだ。僕のカバンからはみ出ていたテストをみた俊くんの驚愕の顔と、僕の声なき悲鳴に首を傾げた坂崎くんが恐る恐る覗き込んでくれたおかげで、おかんにバレる前に体裁を整えるという即席勉強会と相成ったわけである。 「俊くぅん…」 「こればっかりは同意するわ。やれ。」 「ケッ!!」 不貞腐れたらパコンと頭を叩かれた。坂崎くんが少しだけ吹き出したの、忘れないからな!ぷん!!

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