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それは大切なものになる **
そこからはもう、未知の世界だ。
「イぁ…っ、…」
じゅくりと埋め込まれた歯と皮膚の隙間からなにかが溢れる。俊くんの唾液と、僕の血が混ざってシーツに染み込んでいく。鋭く、火傷のような強い痛みのあとに全身を支配したのは、言いようのない幸福感だった。
「ふ、うぁ…、…す、ご…」
体の内側から沸き立つような、まるでピンク色の微炭酸が血液の代わりに全身をめぐり、眼の前がほわほわと点滅するかのように瞬く。俊くんの口が離れて、そのまま優しく抱きしめられた。何だかその行為自体が神聖なものに思えてきて、僕はぽろぽろと頬を伝う涙すら拭うこともせずに、絡めた大きな俊くんの手に頬を擦り寄せた。
「きいち‥?」
「しゅ、ん…」
「ん、おいで…」
もぞりと動いて繋がったまま体の向きを変えると、泣き顔の僕を見て少し照れくさそうに笑うと、ぎゅっと抱きしめてくれた。首筋に顔を埋めると、刻まれた証がじくじくと熱を持って痛んだけど、これも全部、全部が愛しいと思える。
俊くんの大きな手が、毛並みを整えるように優しく頭を撫でてくれる。肩を涙やら鼻水やらよだれやらでびちゃびちゃにしても、文句の一つも言わないで。
「痛くないか?」
「痛い…」
「ん、風呂入ってから消毒するか。」
「もうしないの?」
鼻先をすり合わせて戯れるように口付けをする。俊くんは、まだげんきなままなのだ。
「さすがに、二回目はベッドでしたい。きいちも体痛くなるだろ?」
「僕こっちでもいい…」
「シャワー浴びてからにしよう、な。」
あやすように額に口付けると、そのままゆっくりと性器を引き抜いた。ごぽ、と音を立てて蕾からどろどろとした精液が零れ出るのを見て、俊くんが顔を赤らめて照れていた。
「…、すまん。そういえば強姦みたいに抱いたんだったな。」
「いーよ、ゴムつけてほしかっただけだし。」
「ん、次はそうする。」
唇を軽く舐める俊くんの舌に自分の舌を絡ませる。唾液が甘いのだ。ヒートだからかわからない、だけどこんなに欲しくなるのは、きっと俊くんの体液だからかもしれない。そうすると、白濁に濡れた性器を見ても涎しか出てこない。卑しいかもしれないけど、こんなに張り詰めているくらいなら全部僕に出してほしかった。
「っ、はは…まだとんでる?」
「は、んぶ…っ…」
性器を両手で支えて口に含むと、舌に絡みつく精液も、熱も、口端が引きつるような大きさも全部が僕の中を満たしてくれる。
俊くんの大きな手が優しく後頭部に周ると、ゆるゆると腰を動かし始める。
じゅ、ぐぷ。舌の付け根をこすられる度、僕のふにゃふにゃな性器からぽたぽたと先走りを零す。時折強く吸い付くと、反発するように少しだけ膨れるのが可愛い。上顎、頬の内側、そして咽頭にむかって俊くんの匂い付けをされる。精液を舌に乗せて飲み下しながら、少しだけ苦しくてにじむ涙を俊くんの親指で優しく拭われる。
「っぉ、ぐ…、んん、ふ…」
「っぁ、…上手。…飲めるか?」
「んぶ、ふ…んぁ、」
布団は唾液と先走りでどんどん濡れていく。ここまで来たら、もう使い物にならないのかもしれない。
俊くんが先を咽頭の奥深くまで飲ませるように頭を下肢にうずめさせると、びゅる、と数度に分けて喉の奥に長い射精をした。
「ぷぁ、は…っ…」
絡みつくそれはひどく濃い。これで、孕ませる気だったのかなと思うと、嬉しくてふるりと身震いした。
「は、なんだ…そんなに嬉しかったのか。」
「んぇ…、ぁ…」
じわりと下肢が温かい。何かと思ってうつろな思考で俊くんの目線の先にある僕の性器をみると、先端からしょろしょろと漏れ出て、恥ずかしい水溜りを徐々に広めていた。
嘘だろう、僕、舐めて興奮したまま粗相をしたのか。ぶわりと顔の周りに熱が一気に集まる。その様子を見た俊くんが、狼狽える僕の足と背中に手をまわして抱き上げた。
「ひ、わっ…し、しゅんく!お、おりる…っ」
「お前は風呂、あと気にしなくていい。犬でもあるだろ?嬉しくて漏らすやつ、」
「僕犬じゃないのに!」
「なら躾ける?それはそれで興奮するな、楽しそうだ。」
なんつー笑顔で恐ろしいことを語るのだろうか。僕は汚れた下肢を隠すように手を下にやるも、恥ずかしがってることなんてとうにお見通しの俊くんにご機嫌で浴室まで連れて行かれた。
「後片付けしとくから、先温まってろ。湯船まだ沸かしてないから、シャワーだけになっちまうけどいいか?」
「それは全然…ていうか、ほんと、ごめん…布団…」
「丸洗いできるから大丈夫、むしろこうなることは予想済みでもう一組買ってある。」
「本当にすんません!!」
もう顔から火が出るし、穴があったら入りたいくらいだ。何だ、トレーニングでもするか。そうだな、腹筋して漏れないようにしたらいいのかもしれない。というより俊くんのがご立派様すぎて膀胱まで押し上げられるからなのでは?
「事前にトイレ…これしかないか。」
セックスの悩みは多様でも、こんなあほみたいなことで悩むなんて僕くらいなのではないだろうか。そんな煩悩にも似たそれを、熱いシャワーで体の汚れとともに洗い流す。蕾から漏れ出るそれも、お湯とともに流れていくのを見つめながら、項を噛まれたことを思い出して再び一人で悶絶した。
人生で、一生に一度だ。名実ともに番っちゃったのだ。あのピンクのシュワシュワが弾けるような感覚は、忘れたくても忘れられない。大切な体験なのだから。
濡れたつま先をきゅう、とまるめて縮こまる。項に触れるとまだ痛い。だけどこれは愛しい痛みだ。僕の腕についた歯型と同じそれは、信頼の証だ。
僕はこれに守られる、まだ少しドキドキしていて、そしてむずむずする。
「きいち、なんか喜んでる?」
「んへ、っ…び、びった…」
「濡らしただけじゃだめだろ。よっ、と」
上から降ってきた俊くんの声に思わず飛び跳ねた。一人で悶ていたせいで全然気が付かなかったみたい。濡れた髪に俊くんがシャンプーをつけてわしわしと泡立ててくれるのが、なんだか気持ちいい。
「ふふ、きいちの熱烈な愛のおかげで俺のボクサー全部洗うことになった。」
「え、僕下着全部抱え込んでた!?」
「おう。俺のことノーパンにさせるのは、お前くらいだ。」
「お、おうふ…」
発情期一日目で俊くんの下着の替えとスウェット上下と布団、ワイシャツやら靴下やらもろもろ正味2日分くらいの洗濯物の量を作り上げてしまったらしい。入れたばかりのドラム式洗濯機が早速大活躍しているようで、正親さんからわたされたバスローブの意味をやっと理解したと笑っていた。
僕のヒートはまだ残っているが、初日ほど荒れないように俊くんにしっかりしてもらわねばと他力本願な思考になる。
また先程とは違った悩みに唸っている僕を見て、俊くんはごきげんだ。
もう、俊くんが楽しそうなら、それでいいやと諦めるまで、もうすぐである。
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