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小さな揺らぎ
学は、雑事が終わってクラスにもどると、なんだか妙な空気になっていた。いつもやかましい三バカ野球部も、酷く険しい顔をしていてる。
そういえばきいちがたしか今日からだったはずだ、辺りを見回すと見慣れた頭を見つけることができた。
学は久しぶりのきいちに少しだけ嬉しくなりながら、声を掛けようとした。
「なにも言い返さねーの?てことは、まじなんだ。」
悪意のある声で、添田が楽しそうにからかう。その一言だけで、学は何が起きたのか瞬時に理解した。
「おい!てめぇら!また何時もの3人か!」
「うわ、面倒くせーやつ戻ってきた!」
「また問題起こしてサッカー部を休部するつもりか!お前らが部の足を引っ張ってどうするんだ!」
「はいはいすんませんでしたぁ。またお話聞かせてね、きーちくん。」
この三人は、高杉退部後の素行に問題があり注意は二度目だった。典型的ないじめっ子気質ならいいが、奈良が情報通なため以前も人を馬鹿にするような物言いで問題を起こしたことがある。
他校との揉め事で謹慎したことがある割には己の言動を顧みず、3度目は停学だと風紀からも言われており、学は行動に目を光らせていた。
「きいち、大丈夫か?」
クラスのみんながきいちを気にしながらも席につく。きいちはというと、困ったように微笑んでから、小さくありがとうと言った。普段の元気な様子からかけ離れた姿に戸惑いながら、学も定位置に座った。授業の合図が響いたからだ。
なんとなく、何時もよりも小さく見えてしまう。きいちの髪は少し伸びて項をかくしているが、髪の毛の間から少しだけ見えるガーゼに番ったことが伺える。
強く結びついたあと、オメガは離れると不安定になりやすいと言う。休暇を終えたきいちが元気がないのも、恐らくそのせいなのかもしれない。
学は、少しだけざわめく心を無視して気にしないようにした。きっと何かあれば、話してくれるということを信じて。
翌日の事だった。やけにげっそりした顔で益子が登校してきた。益子もきいちと同じで発情期休暇を会得した一人なのだが、昨日とは打って変わってクラスの受け入れ方は大きく違っていた。
「おい益子!年上オメガものにするとかやるじゃん。」
「いやものっそい絞られたわ、新庄先生怖え。絶対番は泣かせらんねぇわ…」
「おいおい絞られたとか性的だろー、かっすかす?選ばれたアルファさまは違いますねぇ!」
「まじそんな冗談行ってらんねぇからな。お前らも番みつけてみ?マジ頭馬鹿になるから。」
茶化すように絡んでいく添田と奈良も、上手いことあしらって受け流す姿は流石だった。学はいつもなら真っ先に益子がきいちのところにいくはずなのだが、3人に絡まれているのでそれもない。
そういえば崎田も添田も奈良もアルファだったか、三人が所属するサッカー部はアルファが多く、オメガに対しては蔑視のような発言も目立っていた。
末永と付き合っている学は、有能なアルファのオメガと言うこともあり、露骨に嫌味を言われることはまず無い。
本当ならきいちも益子と同じで番が出来たのだ。祝われても良いはずなのに、オメガとアルファでこんな所に差が生まれるのは許せなかった。
「きいち、番ったんだろ?おめでとうな。」
「ふふ、益子もでしょ。葵さんにもおめでとうって言っといて。」
「オッケー。葵もきいちくんによろしくだっていってたわ。」
益子が疲れた顔でぎいちの目の前の席に腰を下ろす。朝からの歓待にめんどくさそうな顔をしながらも、雰囲気は幸せそうだ。
学も二人のところに行くと、きいちの体に横からしがみついて頭をなでた。
「うわ、っ!なになに、珍しいじゃん久々に甘えた?」
「ちっげーよ!元気なさそうだから慰めてやってんの!」
「あー、番ったあとは離れがたいよな。俺も早く帰りたいもん。」
びっくりした顔をするも、なんとなく理解したのか、そのまま学を膝に乗せると抱き枕のように抱きしめてきた。きいちにしては珍しい行動に、やっぱり弱ってんじゃねーかと再確認する。
腰に回された腕を宥めるようになでながら、背中にくっつくきいちの体温か可愛い。
益子は呆れたように学を見ながら、思い出したかのように書類を取り出した。
「番の届け出って生徒会でいいんだっけ?」
「いや、それは事務から回ってくるから先にそっちに提出しといてくれ。」
「まじか、先に行っときゃよかったー、昼休み行くのめんどくせぇな。」
そんなことをいいつつもファイルに戻すあたり、面倒だとはあまり思ってなさそうだ。
そのうち聞こえてきた寝息に、益子と二人で後ろを振り向くと、気持ちよさそうにきいちが寝息をたてていた。
「うわまじかよ。この状況で寝るか普通。」
「まあ温かいしね、それより起こしてやんねーと。朝から移動だぜ?そろそろ準備すんだろ。」
きいちを抱きつかせたままでいたいのは山々だが、益子の言う通り次は別棟への移動だった。仕方無しにくっつけたままゆらゆらと動くと、愚図るように背中に頭を擦り付けられた。
「めちゃくちゃ可愛いんだけど。」
「はいはい、末永に言いつけられたくなかったらさっさとたてって。」
「きいちー!おら、起きねぇと次化学!」
「うっ、」
学が容赦なく膝で跳ねると気がついたのか顔を上げた。
「…やだぁ」
「やだじゃねえの。どうした?具合悪い?」
きいちのいつもとは違う様子に益子が顔を覗き込む。学にくっついたまま動こうとしないきいちの頭を後ろ手に撫でると、違和感に気がついた。
「…なんつーか、熱い?」
「え、なに熱でてんのきいち?」
「うぅ、…」
益子がきいちの額に手を当てると、確かに体温が高いように感じた。番となってばかりで離れたことにストレスを感じたのだろうか、学が膝から降りると涙目のきいちが机に突っ伏してしまった。相当辛いらしい。
「そういや新庄先生が、番ったばっかだと不安定だから気にかけてやれとか言ってたな…」
「なんかないの?」
「んー、番の匂いが付いてるやつ持たせると安定するらしいけど、」
なんだかいつにもまして頼りなげにみえるきいちの様子が可哀想で、保健室でも連れて行くかと益子と話していたときだった。
「やっぱ番持ちでも人に迷惑しかかけねんだなぁ、オメガって。」
誰かが囁くように言った一言に反応したのは益子だった。
「あ?」
普段の益子からは考えられない程の威圧に、わかりやすく顔を青ざめさせていたのは添田だった。
益子が冷たく睨みつけると、焦ったのかへらへらと笑いながら冗談だと言う。益子のキレた様子に、ゆるゆると顔を上げたきいちは、顔を熱であからめながらポツリといった。
「今日…もうかえる、ごめん…」
「きいち?」
「学、一緒にいて…」
何時もなら巫山戯て言い返すはずのきいちも、弱っていれば話は別のようだ。学の腕を握って縋るように額を当てれば、きいちが好きな学に否やはなかった。
「俺保健室行ってくる、わりーけど先生にいっといてくんね?」
「あいよ、きいち。あんま無理すんなよ?」
「うん、ごめん…」
学より背が高いきいちが、手を繋がれて引かれるようにふらふらと教室から出ていくのを見送る。益子も学の分の移動授業の準備をすると、そのままクラスを後にした。
結局きいちはそのまま体調不良で3日程寝込んでしまった。
あと一週間で、冬休みも始まる。短い休みなので宿題こそ少ないが、授業に出れていないきいちが冬休み後も元気に学校に来れるのかなんとなく心配になる。
冬休みの計画も、お互いの番をつれて初詣でも行かないかと誘うつもりだったが、今は難しそうだ。
益子は、自分の知らないところで一部の男子がきいちに対してなにか悪いことをしているのを察してしまい、なんだかなぁと一つ重いため息を履いた。
愚痴れる人間ならいいが、きいちは溜め込む。それをわかっている分、心配だった。
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