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きいちの計画
「なるほど、それで俺の所に来たのか。」
「そー、結局俊くんになにあげていいかわかんなくて…だったら忽那さんに教えてもらってケーキ焼こうかなぁって。」
休日、俊くんには家の用事があると言って、忽那さんのところに駆け込んだ僕は、悩みに悩んでケーキを焼くことにした。ケーキなんて焼いたことないので、一人で焼くのが不安だったこともあり、忽那さんにご教授願った次第である。
「うん、俺は構わないけど…俊くん甘いもの食べるの?」
「食べるよ!チョコボールとかマーブルチョコとか、駄菓子とかよく食べてたなぁ。」
「へぇ、人は見かけによらないね…」
チロルチョコも好きだった気がする。コーヒーもブラックを飲むのは甘いものを食べるときだけだ。基本的に駄菓子がすきだけど、僕が焼けば食べてくれる気がしないでも無い。ていうか食べてくれなきゃ困るのだけれど。
「じゃあ、ガトーショコラでもつくろうか。混ぜるだけだから簡単だしね。」
「うおお!!カフェでよく食べてるやつだ!!」
「俊くんがチョコ好きなのはわかったから。」
作るのが決まれば、まずはスーパーだ。僕もそのつもりだったので、エコバックを小さいバッグから出すと、準備万端だねぇと笑われた。
近所のスーパーでガトーショコラに使うチョコレートと香り付けのラム酒、オレンジピールを購入すると、そのまま忽那さんのうちにとんぼ返りした。
借りたエプロンをつけると、忽那さんはワイルドにフードプロセッサーでゴリゴリにチョコレートを削ると、そのままドサッと湯煎機にいれた。
「お、男前…」
「ふふ、ありがと。」
「どういてしまして?」
悠也と番ってから男らしいとか言われなさすぎて…、と変なところで照れている忽那さんが今日もかわいい。そのまま僕は張り切る忽那さんの指示に従いながら、チョコレートを湯煎にかけたりバターとグラニュー糖、ホットケーキミックスなどをこねこねとヘラで混ぜてはオレンジピールやらラム酒やらをスコスコといれていった。
パコンとオーブンのドアを開けた忽那さんに、生地を入れた型を渡すとタイマーをセットして焼き上がりを待つ。
その間、忽那さんが入れてくれたタンポポ茶にホットミルクをまぜたコーヒーもどきを飲みながら、オーブンから香るいい匂いに二人してはしゃいだ。
俊くんのも焼いているのだが、味見としてちっさいカップに二人分余った生地を入れたのだ。早く食べたいなぁ…と思って、主役は俊くんだったと思い直す。
「色気より食い気…」
「え?」
「俊くんのケーキの焼き上がりより自分たちの試食分の焼き上がりを楽しみにしてしまった…」
「わかるぅー!!」
俺も俺もと同意してくる忽那さんの勢いに笑うと、少しだけ恥ずかしそうに肩をすくませる。
角砂糖を溶かすようにくるくるとスプーンを回しながら、でもねと話した。
「食べるの楽しみなのは、食べてもらう前提でしょ?美味しいといいなってワクワクしながら待てるなら、それは相手を思って作ったうちに入るって。」
「忽那さんも、そうやって益子に作ったんですか?」
「そりゃあね、悠也が俺のお菓子好きって言ってくれたら、やっぱ嬉しいでしょ。」
「んふふ、僕も俊くんがおいしいって言ってくれたら、幸せだもんなぁ…」
前に、おばあちゃんからもらったレシピ本に書いてあった肉じゃがを作ってみたことがあった。隠し味にバターを入れてコクを出すという指示どおりに作ったはずなのに、やっぱりおばあちゃんとおんなじ味にはならなかったのだ。
その時でも、俊くんはこっちのが好きとか嬉しいことを言ってくれて、翌日のお弁当のおかずの分がなくなるほどバクバクと食べてくれたのだ。
「ん、良い香りしてきた。そろそろ焼けたんじゃない?」
「おおっ、僕箱組み立ててくるっ!」
「気が早いなぁ、冷ましてからじゃなきゃ入れられないって。」
テンション上がりまくったせいでフライングしてしまった。忽那さんがケーキを取り出すと、ラムの香りがする大人なケーキがつやつやと光沢を帯びて焼き上がっていた。これを冷まして箱詰めすれば完成だ。忽那さんに手伝ってもらったりけど、初めてのケーキ作りはうまくいったんじゃなかろうか。マフィン型に焼き上げた2つは小皿に乗せて、二人でそわそわしながら香りを楽しんだり、ぱたぱたとうちわで扇ぎながら熱冷ましをしてみたりと色んなことをして箱詰めを待つ。
「んー!!!!!」
「やばー!!!」
出来上がったそれの味見分を冷めてから二人でぱくつくと、思わず顔を見合わせるくらいには美味しくできていて、二人ではしゃいでしまった。
ラッピングはどうだとか、先にトッピングなにかする?とかわちゃわちゃしながら出来上がったそれを、持ってきたエコバックにそっと入れる。
あとはこれを渡すだけである。僕頑張った!美味しくできた!喜んでくれるといいなぁ。
「俊くんちまで送ろうか?」
「んー、むしろ迎えに来てもらおうかな、俊くんに。」
「逆にかぁ。」
「逆にね。」
この間言われたことは忘れませーん!とばかりに、スマホを発信するとすぐに出た。今からお家に行ってもいい?と聞くと、すぐ迎えに行くからと言われたので、それならと駅前で待ち合わせをすることにした。
忽那さんには今度おばあちゃんのレシピ本を見せる約束をして、写真館を後にする。
「すみません、」
「え?」
駅前までつくと、大学生位の男の人に声をかけられた。荷物と焼き上がったケーキを持っていたの僕が見えてるはずなのに、何故か道を尋ねられる。
俊くんを待たせている筈なので早く行きたいのに、なんだかへりくだられてしまったので無下にもできない。
「この地図の場所に行きたいんですけど、ここらへん。」
「んぇ、えーと…」
地図の字がやけに小さくて、仕方なくその人のそばでのぞき込もうとした時だった。
「きいち。」
「あ、俊くん!」
「エッ、」
聞き慣れた声で名前を呼ばれる。振り向くと不機嫌そうな顔で俊くんが立っていた。
横にいた大学生は、急用を思いだしたとかでそそくさと去っていく。地図の場所はもういいのだろうか。声かけてきておいて自分勝手に去るとはなかなかに失礼な感じがして思わずムッとする。
深い為息を吐いた俊くんにくるりと体ごと振り返ると、とととっと駆け寄って人目も憚らずぎゅっと抱きついた。
「おい、もちっと警戒心をもてって。」
「ん?」
「はぁー‥」
僕の腰に腕を回して軽く抱きしめ返すと、もっていた荷物が俊くんの手に回収された。
「ん?これは?」
「……ふひ」
ケーキを見せたあとの俊くんの反応が楽しみすぎて、思わず顔が緩んでしまった。
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