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知られざる副業
「うーん、本当は母親学級とか出てもらったほうがいいんだけど、今回はちょっと無理そうかなぁ。」
「ぐ、具体的になにをするんですか?」
「よし、まあ僕が簡単に教えてあげるから安心して。」
「そうですか…」
切迫早産だと言われてからなんとか一週間を乗り越えた。検査でも赤ちゃんは2500グラムを超えたので 安心していいよといわれてたので、僕はただひたすらお腹を撫でながらゆっくり出てきてとお願いするだけだった。
新庄先生は本当に色々なことをしてくれて、俊くんが母親学級の存在を知り、チラシを持ってきたのをきっかけに思い至ったようで、そわりとした僕の様子に苦笑いをしながら提案をしてくれたのだ。
まじで有り難いことである。
「ということで今日はこんなんもってきました。」
ドン!!と取り出したのは赤ちゃんの人形で、割と顔が外国の赤ちゃんのようなリアルな容貌で少し怖い。おちょぼ口は愛嬌あるけど。
「これね、だいたい今のお腹の子と同じくらいの重さね、まあ沐浴とかはおいおいで抱き方とかからかなぁ。ほれ、」
「わ、割としっかりした重さだ…」
斜めに傾けると目を瞑る仕様らしい。まつげなげぇ、俊くんばりになげぇ。
言われるがままに首と頭を支えながらお尻に手を添えて縦抱きにする。なるほど、この距離か…ドキドキしながらやってみる。
慣れないうちは大変だろうけど、今のうちから練習しておくのは大切だからねと励まされて、抱き方やらおむつの替え方などを教えてもらった。
俊くんは今日は学校帰りに寄ってくれるようで、学校なんて行かないで僕のそばにいると散々駄々をこねていた。結局正当な手順を踏むためにも学校に行けと忍さんに蹴り出されていたが。
「きいち、」
「お、吉信だ。」
ひょこりと扉を開けて顔を出した吉信は、新庄先生をみてびくりと肩を揺らした。いやお前もビビってんのかい。
「そうじゃん、おむつ替えとか吉信さんにも教えてもらえば?」
「おとんに?」
「ああ、できるぞ。俺はお前のおむつ替えしてたからな。」
にこにこしながらパイプ椅子を引き寄せて隣に座ると、それは器用に赤ちゃん人形のおむつ替えをして見せた。いわく、得意すぎて履歴書にかけるレベルだと誇らしげに笑っていたが、書くなよと突っ込んどいた。
「これも、なれかぁ。」
「おむつ外したときにお前におしっこかけられたこともある。」
「うわまじかよきったね。」
「何いってんだ、赤ちゃんのおしっこはきれいなんだからな。」
フフンとドヤ顔で言うが、多分その反応は違う気がするぞ。
お昼を跨いで簡易版の母親学級的なことを学び終えると、少し疲れてしまった。
ゆっくり過ごす事が大切だと言われているので、俊くんが来るまでゆっくり寝ていようかな。
吉信がにこにこしながらお腹撫でてくるのはいいのだが、早く会いたいねとか言ってくる。
全然いいんだが、後一週間位は我慢してほしい。
気づけば爆睡していたようで、吉信の字でまた来るねというメモとともにペットボトルのお茶がおいてあった。時間を見るともう3時で、そろそろ授業が終わる頃だった。
昼休み位に俊くんから連絡が来ていて、帰りに寄るとのこと。この間和葉さんと入れ違いにきた益子と忽那さんから渡された休暇中の学校課題もあるし、帰りに俊くんに持って行ってもらうかと引き出しからプリントの束を取り出す。まじで馬鹿なので計算ができない、これは数学のノートを俊くんに借りるしかなさそうである。
「出来るやつからやろ…」
結局三十分くらい粘ったが空欄のほうが多かった。なので小論文やら現文、日本史などの文系課題だけこなした。化学も手を出してみたけど、電子親和力とかもはやポカンである。とりあえず仲良くってことで解釈は一致するのだろうか。
テキストを下敷きに机に突っ伏して項垂れていると、ごろりとお腹が動いた。どうやら僕のベビさんも応援してくれてるようである。
「自由落下する物体の速度とか計算して何になるんだろ…ニュートンが重力見つけたからそれでいいんじゃないのか…みんな手広くやりすぎだろ…」
一人の発見が取り沙汰されたからって俺も俺もと化学者たちが張り切った結果、僕らが苦しむことになったのだとぶすくれる。
そんな興味のかけらもないことを勉強するくらいなら最高にうまく炊ける米と水の比率だとか、数学なら確定申告の計算方法だとか、もっと日常を過ごす上の常識を教えてくれればいいのに。
体育ならサバイバルの生き抜き方とかか?うーん、暇がこじれすぎてて思考がぶっ飛んでるぞ。
オートミールのミールとかオートとかの意味もわからん。直訳で自動食事でいいのか。あとなんで非常口のランプは緑なんだとか、取り留めのないことばかり思い浮かぶ。
「むああー、全部卒業しても役に立たない気がするよおお!!」
「泣き言すげぇな。」
テキストに埋もれながら唸っていると、ドアの方から笑い声混じりのからかいが飛んできた。
ひょいと顔をあげると益子と忽那さんがいて、どうやら検診とは別でお見舞いに来てくれたようだった。
「きいちくん、体調大丈夫?」
「平気平気、むしろ初日はまじで出るかと思ったんだけど、収縮も落ち着いてるしね。」
「そうなんだ…うわ、えらいね勉強してたの?」
「こいつこれやんねえと卒業できねーから。」
「事実を言うなぁ!!えらいね、で終わらせてよ!!」
僕と益子のやり取りに忽那さんが笑うと、膨らんだ お腹を優しく撫でてくれた。忽那さんもすこしで6週に入るらしく、悪阻がこないか不安らしい。
僕の時はその頃からすでにぐったりだったので、新庄先生いわく悪阻が来ないんじゃないかとのことだった。
「来ないなら来ないほうがいいよ!マジできっついもの。」
「そういうものかぁ、なんか悪阻あれば妊娠の自覚あるかなって思ったんだけど…」
「俺は葵が辛くねえならそれでいいや。」
悪阻を期待するというのも変な話だけど、すこしだけわかる気がする。だけどもう一度体験したいかと言われたら二度とゴメンだ。
思い返してしみじみすると、改めて噛みしめるように言った。
「うん…なにくっても吐くしね…やっぱなくていいよ…」
「そ、そう…なら…ラッキーだと思っとこうかな…」
僕の遠い目をみて忽那さんが若干恐怖したような顔をする。そんなやりとりをしていたら、なんだか廊下が騒がしくなった。これってあれか。もしかしてもしかしなくてもかもしれない。
「なんだろ、急患かな?」
ざわついてるね?と葵さんが首を傾げる。益子がちょっと見てくるといって立ち上がったので、辞めといたほうがと声をかけようとした瞬間、ガラリと扉が開いた。
「ご無沙汰ぁ!といっても4日ぶり?やだ!やだやだまたかわいい仔猫ちゃんがいるわ!!」
「かず、」
「和葉ァ!!」
「あ、またキレてんの俊くん。」
益子はあまりの存在感に硬直している。爽やかな水色のショートワンピースから見える二の腕が今日も逞しい。葵さんはめちゃくちゃキラキラした目をして、まるで芸能人にあったかのように声を出した。
「か、か、カズ隊長!!!!」
「あら?」
葵さんの嬉しそうな声と、それに反応をした和葉ちゃん以外は、呆気にとられたように葵さんを見た。こんな華奢で綺麗な人がなんで知り合いなんだといった感じである。益子が目を丸くしてぎこちなく振り向く。わかる、僕も同じ気持ちだ。
「お、俺…持ってますDVD!!!」
「やだ!!ファンの子!?んもう、後で写真撮りましょうねぇ!」
「はい!!」
ファン!?その場にいた全員が二人のやり取りに硬直した瞬間だった。
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