228 / 268
芙蓉か木槿かハイビスカスか
「普通に待ち合わせてたはずなのに、なんでこうなる。」
「知るかよ。俺悪くねぇもん。」
だって、声を掛けてきたのはあっちからだった。
ムスッとした顔で学は俯く。前を向かないから、今だけは握りしめた末永の腕だけが頼りだ。
頭上から呆れたような溜息を吐いた末永は、まるで叱られてすねているかのような学の様子をちらりとみる。
こうしてむくれて俯いてるときは、しょぼくれている時だと知っている。
怒ってるのかな?どうしよう、でもゴメンなさいはしたくない。嫌だな、呆れられたくないな。
そんな具合に思っているにちがいなく、末永の腕を握りしめる力がすべて物語っている。おいてかないでと、一人にしないでと実に雄弁で、それがとっても可愛いくて仕方がない。
末永は目端に留まった迎えの車を確認すると、するりと学から腕を抜く。単純に腰を抱き誘導をするつもりだったのだが、学の反応は違った。
「っ、」
ひくんと肩を揺らし、ちいさく息を詰めた。
そのまま縋っていた手はちいさく拳となって服の裾を握りしめる。
「こっち。」
「お、う…」
一部始終は、末永によって見られていた。
学の様子に愛しさを感じるあたり、やっぱり歪んできているなと自覚する。
大きな手は優しく腰を抱きながら迎えの車へと誘導すると、二人を乗せた黒塗りの高級車は、滑るようにして発進した。
「ようへ、っ…」
「しー‥」
後部座席に二人して乗り込むと、俯く学を見かねた末永は、そっと指を絡ませて握り締める。
運転席からは見えないが、変な反応をすればばれてしまいそうだった。
それでも、先程の不安からか拒むことができないのは、学がそれだけ弱っていたからに違いない。
末永は、ちゅ、と音を立ててその手の甲に口付けると、そのまま優しく引き寄せてそっと頬を撫でる。一度だけ甘く吸い付くように口付けると、指を絡めたまま、空いている手でわしりと一度だけ頭を撫でる。
甘やかされている。落ち込んでいたのがバレたことが何よりも恥しく、同時に少しだけ嬉しかった。
車が到着したのは、あの湖畔の避暑地だった。末永は一週間を好きに過ごすつもりらしく、使用人に食料品や清掃などを一通り済ませてもらっていた。
芝は短く刈り取られ、きれいに整ったレトロな洋館だ。アーチをくぐるとレンガの石畳に沿う様にして芙蓉や夾竹桃、そして紫陽花などの低木が植えられていた。
花を生業にする家らしく、その時期にしか見られない草花や低木などが洋館を彩る。晴れの日も美しいが、末永は雨の日のしっとりとした静かなこの庭の景色もすきだった。
白い花びらから内にかけて赤く色づく芙蓉の花を見て、学がハイビスカスといったのを不意に思い出しす。木槿も芙蓉もハイビスカスも、全部同じに見える。そう言って、違うことを指摘した末永を困ったように見上げていた。
なんだか、あのときと同じ顔をしているなと思う。
「学、」
「もう、怒ってないのか…」
中に入ってからは、荷ほどきをする末永の横で居心地悪そうにたっていた。なるほど、あのやりとりからずっと、顔色を伺っていたらしい。
別に先程のことも、怒っていたわけではない。単純に、自分のモノにちょっかいをかけられた事で少しだけ腹が立ってはいたが、その矛先を学に向けてはいなかった。
「おいで、もう怒っていないから。」
「…うん。」
いじけている学の様子をみて、末永はソファーに腰掛けると手招きをした。戸惑いながらおずおずと歩みを進める。自分から来るようになるまで随分と時間がかかった。
学は、人前ではあんなに強気なくせに、二人切りになった途端これだ。一度体を重ねてから、ドロドロに甘やかして泣き虫にさせたのは末永で、それからずっと、夜だけだった学の手綱は二人切りのときには自分から差し出してくるようになった。
ぽすんと小さな尻を末永の膝に乗せる。まるで定位置だというように当たり前に座るくせに、無自覚だから始末に負えない。これで、膝以外でも良かったんだぞとか言ったら、もう二度とこうやって甘えてこないだろう。
末永はぐっと呻きそうになる喉をこらえて、その頭を優しく撫でる。
正面から首に腕をまわし、甘えるように肩口に顔を埋める。腰を撫でながら、学が安心するまで好きにさせた。
不安になったなら、安心できるまで存分に確認したらいい。その小鼻がなぞるように首筋を擽るのはこしょばいし、かぷかぷと甘嚙みしてくるのも兆しそうでなんとも言えないが、全部何も言わない。
しょぼくれた学は本能でうごく。オメガだって雄なのだ、学の吸い付きで所有印が刻まれることはないが、こうしていじけると確認するようにマーキングをしてくる。
「ぅ、む…」
「……仕方ないだろう。」
そんな恋人の行為を享受して、勃起しないやつなんているのか。
学はちうちう、かぷりと末永の肩やら首やらをご機嫌に楽しみながら、まるで確認するかの様に尻のあわいに押し付けられる末永の屹立を、腰を使って確かめる。
うっとりとしたとろけた顔で、学の体はどんどんと正直になる。だって、これがたくさん気持ちよくしてくれるのを知っている。
最近はタイミングが合わずに体を重ねることもできなかったのだ。尻の下の熱源が、なによりも自分のせいなのだという事実がなんだか嬉しかった。
「ふは、あっちぃ…」
「確かめてみるか?」
「おやじくさ、…んっ」
末永の言い回しが面白くて、少しだけ強く押し付けた。ゴリ、と当たるそれは確かに硬く、学は自分の股の間から手を差し入れると、その窮屈そうなボトムのファスナーを引き下ろした。
ボクサーの伸縮性のある布地が押し上げられていた。学のボトムはまだ脱いですらいないのに、まるで待ち切れんと言わんばかりにその存在を押し付けられる。
男らしい節ばった指が、そのこぶりな尻を鷲掴む。この日のために学が買った、少しお高めのブランドのショートパンツは薄い生地の通り、いとも簡単にその臀肉を思うままに割り開く。
そこに挟むようにして布越しに擦り付けてくるものだから、今度は学が我慢できずにごくりと喉を鳴らした。
気づけば外はしとしとと雨が降り出していた。出窓を叩くような雨粒も、末永が好きだといった雨の景色を知らせているのに、気にもとめずに。
学が濡れた瞳に映した、窓枠という額縁越しの見事な景色に漏らした感嘆も、末永は飲み込むように唇で塞ぐと、そのままソファーに押し倒した。
窓から滴る雨粒は、名残惜しげに窓を辿り、地面に吸い込まれていった。
ともだちにシェアしよう!