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翌日、引っ越し。

「じゃあ、私達もそろそろ行こうかしら。 悠眞、また明日。私達は部屋にいるから。 そこに電話があるから用があったらかけてきてね? おやすみ、悠眞」 「うん、分かったよ。おやすみ母さん」 「おやすみ、悠眞」 「おやすみ、父さん」 そろそろ、寝ようか。 薬の作用で眠くなってきたし。 明日は引越しの準備。 いつまでも今日のことを引きずっていてはだめだ。 早く、忘れなきゃ。 大きな窓から差し込む月の光は、悠眞の悲しげな表情を照らしていた。 怪しく光る、月。 紫色の夜空。黄金色の月。 不気味な程、綺麗な夜空は悠眞を表しているようだった。 その、美しさは、悠眞そのもの。 その美しさを他所に悠眞は眠る。 朝起きて、ベッドから起き上がろうとしたのだけれど。 ズキン、と乱暴に開かれたあそこが痛んで。 それでも、両親が部屋に入ってきたから我慢して立ち上がり3人で朝食をとった。 両親は、昨日のことについて話を触れることはなく密かに安心した。 「引越しと言ったけれど私達は特にやることはないと思うわ」 「え、なんで?荷物運んだりするんじゃないの?」 それにしても、荷物を運ぶなんてできるのだろうか。 自分で聞いて何だが、痛くて無理な気がする。 「本宅にはメイドや執事がいるからな・・・。 やろうとしてもやらせてくれんだろう。 多分、もう本宅には荷物が届いて整頓されていると思うぞ」 「うわぁ・・・・・すごいね」 「だから我が身一つで行けば・・・いえ、帰ればいいの」 「・・・そうだね」 「悠眞、つらいとは思うけど、外まで歩けるかしら」 「うん、大丈夫」 「そろそろ行こうか・・・。帰ろう、悠眞」 とは言えど家に居られるのはたった数日。 また、寮に戻らなければならない。 それでも、両親は何も言わなかった。 何も言わずとも、悠眞が帰ってくるのを分かっていたから。 「つらいことがあったら、いつでも帰ってきさい。 それでも、政信さんに事前に言うのよ?」 ふふっ、と笑いながら春香が言った。 悠眞は困ったように笑いながら「うん」と頷いた。 その様子を見ながら克哉もまた、笑っていた。 前よりも、打ち解けた様子の家族。 もう、秘密などなかった。 これが、悠眞たち家族の、本来あるべき姿。 悠眞は、何か感じていたのかもしれない。 何か感じていたからこそ、無意識に家族でありながらも一線を引いていた。 克哉や春香もまた、その悠眞の様子を感じとって、一線を引いていた。 今はなにも感じない、自然な姿。 これからも、何もなければいいと願うばかり。

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