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第48話
☆真実を貴方に☆
俺は東条 千秋の顔の前に手をやっている。
面積の小さな壁を隔てて、歪な笑みを浮かべ、相手を見た。
ビニール傘を弾く水の音は強い。
「私も貴方に伝えないといけないことがあるんです」
手越しに見える東条 千秋。
満月みたいに綺麗な金が揺れる。
「伝えないといけないこと?」
不思議そうな顔は何処か幼く見えて。
自分よりも背が高い相手に抱く感想ではないと笑うのを堪えた。
「そう、伝えたいこと」
伝えなきゃいけないこと。
俺は東条 千秋の顔の前にやっていた手をそっと降ろす。
そして前髪を払ってからちゃんと相手の顔を見て綺麗に笑う。
普段、イケメンに対してこんなことしないけど、今回は特別だ。
「私の名前はご存知で?」
「え、あ…あぁ」
敢えて、答えの見える質問を投げかける。
東条 千秋は問いかけに頷き、小さな声で『井上 春』と答えた。
そう、この姿ならあんたの初恋を奪った井上 春なのだ。
「うん、正解。でもね…」
不正解…だから決めたんだ。
言うって。
言わなきゃこの人の恋と呼べる感情を終わらせることが出来ない。
人の初恋を奪っておいてこんな結末にしてしまうことに対しては罪悪感を感じるよ。
でもさ、仕方ないじゃん。
この言い方はよくないけれど……勘違いをさせてそのままにする方が悪い気がして俺は嫌だ。
何の因果かは知らないし、あの日の選択肢でこうなってしまったのだから、俺自身がケリをつけなくてはならないと思う。
「井上 春はこの世に存在しない」
「え?」
俺はカツラに手をかけて、取る。
初恋の大抵は叶わない。
取る瞬間、そう誰が言ったのを思い出してこの行動に確かにそうかも、と同意した。
自分は絶対的に初恋が叶わない側の人間だが、まさかまさかの当事者にさせてしまうとは思ってもなかった。
ごめんなさい。
謝罪は更に強まった雨の音に溶けた。
取ったカツラを握りしめる。
前を見据えて口を開けて真実という、一つの残酷な結果論を口から吐き出した。
「井上 春は俺だ」
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