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3 欠陥品のα
第二の性の社会問題について討論する出演者たちをテレビの画面越しに見ながら小鳥遊駿輔 は重いため息をついた。
窓の外は雲ひとつない快晴だというのに、彼の心はテレビから流れてくる社会でのアルファの優位性の話のせいで沈んでいた。
空の美しさとは一転、今の小鳥遊は泥沼のような重だるさが見られた。決して空を飛ぶことは叶わない、泥に足をとられた鷹のように羽を伸ばすのを諦めている。
世の中は不公平だ。
金に名誉に地位に欲しいものはたくさんあるのに、それを手に入れられるはずだったのに俺は欠陥品だから、いつもそれらを取りこぼしていた。悔しくないわけがない。自分の体をこんなに憎んだことなどない。
アルファとして産まれたのに、アルファの能力に欠けている。
そんな自分が情けなくて大嫌いで、この世で一番憎らしかった。
テレビの中のベータ代表のコメンテーターがアルファの衝動性について警鐘を鳴らしている。それを横目に小鳥遊は口端を上げた。
馬鹿馬鹿しい。そんなもの個人の努力次第でなんとでもなる。それをしようとしない阿保なアルファがこの世には多すぎるだけだ。
この手のニュースを見ると小鳥遊は同族嫌悪に襲われる。同じアルファの暴走に社会の目は冷めた視線を集める。
その弊害として、小鳥遊のようなまともなアルファも色眼鏡で見られるのだ。
三十代になりそろそろ腰を据えろと親父の紹介してきたオメガと親しくなっても、最後まで関係を続けることはできなかった。
愛を嘯き、心に残るような言葉を囁いてもそれは小鳥遊の本心ではなかった。
アルファらしい仮面をつけ、演じるだけのピエロだった。
そうなるのは俺にある能力が欠けているから。
──種を持たないアルファ
それが俺だった。
たとえ番になったとしても子どもを持つことができない。
幼い頃から仲睦まじいあたたかな家庭で育ってきた小鳥遊にとって、子どもを持つことができないという事実は重くのしかかってきた。
自分に種がないと知ったのは、入社してまもなく付き合ったオメガの恋人とともに産婦人科で性病検査を受けた際だった。
二人とも夢のような夫夫の展望を描いていたが、あえなく散った。26歳、早すぎる告知だった。
それ以来、誰かを愛することはなくなった。子どもが持てないとわかると恋人は去っていった。
二人きりで住むつもりだったファミリー向けのマンションに小鳥遊は今も一人で住んでいる。
その部屋の広さは空虚で、描いた夢は虚構で、住人と共に静かに朽ちていくだけの観葉植物のように。
観葉植物のよいところは、喋らないところだ。そのくせ、生粋の聞き上手だ。
小鳥遊はモンステラという観葉植物に毎朝水をやり、独り言のように話しかけるのが日課になっていた。独身男性の侘しいモーニングルーティンだった。
唯一小鳥遊を支えたのが住宅販売の仕事だった。
夢のマイホームを持つために目を輝かせる家族を見て苦しいほど羨ましくなることがあっても、仕事だからと割り切れた。
それに、彼らには良い人生を送って欲しかった。結婚してからは家が彼らの生活の主軸になる。
快適に暮らし、理想の人生を送るために家は重要なパーツになっていく。家から始まる物語は人々が老いても家で終わる物語になる。
小鳥遊の生まれつきの強い自制心のおかげでオメガに惹かれることもなくなった。
道端で抑制剤の切れてしまったオメガを無表情で介抱できるほどに小鳥遊は落ち着いていた。その根底にあるのは自分への虚しさだけだった。
世間では称賛されるような行いも小鳥遊にとってはなんの意味もなさないものだった。
介抱するたびにそのオメガから言い寄られてもがんとして連絡先も名前も教えなかった。
それが小鳥遊という人間だった。
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