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7 取引の極意
「スバルホームズの方ですね。社長がお待ちしております。どうぞこちらへ」
エントランスホールの受付の女性に案内されて高層ビルの最上階に案内される。受付の女性はまさしく受付嬢と呼ぶにふさわしい身なりをしていた。茶髪に染めた長髪をハーフアップにして後ろでバレッタをとめている。白の刺繍の生地にオーガンジーリボンのついたそれは華やかに見える。やはりこの受付嬢もアルファの空気がする。姿勢や話し方、身なりの小綺麗さが彼女をアルファの女性として現している。そんな細かい観察をしてしまうのは、自分の悪い癖だと自覚しているが、小鳥遊は気になったことは自分の頭の中で考えて結論を出したいのだ。エレベーターが動き出す。新しい会社だが非常にいい立地に社を置いているのを見ていかにこの会社が急成長しているかが見て取れる。米原はガラス張りのエレベーターの中でどんどん離れていく地上をじっと眺めていた。小鳥遊は軽く息を吐く。目を閉じて心を整えた。腹式呼吸をして身体の緊張をほぐす。
「宇津木 社長。スバルホームズ様の小鳥遊様がいらっしゃいました」
扉の奥から「入れ」という低い声が聞こえた。すぐに受付嬢が扉を開ける。小鳥遊はゆっくりと会議室に足を踏み入れた。社長室の中には大きくて背もたれのゆったりとしたソファが向かいあわせで置いてあった。床はアイボリーのカーペットが敷かれている。まるで、リビングのような落ち着いた空間に驚きつつも、その光景を見て緊張が薄まった。
宇津木社長の他にキジマ鉄鋼の本部長と営業部の葉山 が既に席についていた。葉山とは初回から顔を合わせているので少し緊張がほぐれる。葉山はユーモアのセンスに長けており、会議中も煮詰まった際には気の利いた話題を振ってくれるのが常だった。なんでも、世界史検定を取得していたり、学生時代にイギリスに留学していたと聞くから、懐の深い人間なのだろうと小鳥遊は考えていた。自由であり、自分にけじめがあり、言動にメリハリがある。そんな社員はどこの会社でも争奪戦になるはずだ。
入室後、席の真ん中に座る社長に近づき深く一礼する。米原は右斜め後ろに立ち、名刺を用意して控えている。
「この度は宇津木社長自ら弊社の話をお聞きになるということで、課長から強く肩を叩かれて参りました。スバルホームズ営業部部長の小鳥遊と申します」
丁寧に名刺を受け渡す。無骨で肉のついた指が力強く名刺を引っ張っていった。ついで本部長、葉山の順で名刺を渡していく。
宇津木社長はまだ30代の若手社長だが、高校を卒業後、建築会社に勤め現場を深く知り、自ら鳶職として働いてきた異色の経歴を持つ人物だった。現場第一を掲げる理由には社員の安全と安心を考慮する慈愛の念がうかがえる。エアコン付きの寮完備とのことで、社員の生活も手厚くケアをしているらしい。
用意された向かいの席に腰をかける。米原は資料を3人の手元に置くと、ゆるやかな足取りでこちらの席に戻ってくる。緊迫した空気を一新するように葉山が言葉を発した。
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