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「終業時刻の17時までに百田の元で今日1日の同期が行った研修をクリアしてこい。終わらなければ明日に持ち越せ」 「はい。失礼します」  岸本は面倒くさそうな表情は一瞬たりとも見せなかった。自己紹介のときの言葉に嘘はないらしい。こういう無茶苦茶な指示を出してくる上司との付き合い方も新人には必要なスキルのひとつだと小鳥遊は考えている。 「小鳥遊〜おまえんとこの子優秀すぎだろ」  業務を終えた百田がデスクにやってくる。その後ろから新人3人の姿が見える。百田の後ろをくっつくように慣れない社内を歩いてきた。 「1時間もしないで終わったのか」  ふーっと大きく伸びをする百田に声をかける。パーマをかけた髪をわしゃわしゃとかきながら大きく頷いた。 「電話対応、名刺交換、備品の場所の確認、事務員との接し方……もう全部オールオッケー」 「そうか」  なら明日それができているか確認してやろう。そう思って仕事用のメモ帳に「岸本 研修の復習」と書き記す。それをパソコン画面の端にマスキングテープで貼り付けた。これなら見落とさなくてすむ。 「他の新人はどうだ。少しは緊張がほぐれたか」 「だめだな。ガッチガチ。まぁアルファの中でもさらに優秀な俺の前だから仕方ない」  自分の性にいつでも自信を持てる百田のことを小鳥遊は少し羨ましく思っていた。しかしそれをおくびにも出さずにコートを羽織る。まだこの季節は朝夕の寒暖差があり上着がないと厳しい。  本社のビルを後にして最寄駅に向かおうとすると、少し先を歩いている岸本の姿が見えた。優しく気遣いのできる上司なら声をかけるのかもしれないが小鳥遊はあえてそれをしない。百田のように親身な上司も必要であるし、小鳥遊のようなとっつきにくく厳しい上司も社には必要なのだ。上司と部下は友達ではない。それが小鳥遊の信条だった。

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