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12 頭の切れる新人

「じゃあ自己紹介からよろしく」  百田が感じのいい声で新入社員に話しかけるのを小鳥遊は研修室の隅に立って聞いていた。普段は企画会議などに使われる部屋の一室を1ヶ月間貸切にして新入社員に研修を受けさせることになっていた。部屋の中には6人の男女が席についている。ちょうど男3、女3のバランスのいい具合だった。まだくたびれていないスーツを身にまとい、ハキハキと声を出す彼らを眺めながら自分の部下になりそうな者を見極めていく。なるべく即戦力として使いたかったため、自己紹介で第一印象が一番いい奴を候補にしようと考えていた。 「じゃあ次」  百田の声に促されて6人の中でも一際体格のいい男が立ち上がる。まさにお手本のようなアルファの体格、顔つきをしている。太い眉の下にある目は力強く自信に満ち溢れている。黒い短髪は額を見えるくらいに上げていて、爪も綺麗に切られていて身だしなみに問題はなさそうだった。 「岸本雄馬(きしもとゆうま)と申します。学生時代にフットサルで鍛えた足を使って、営業に精一杯向かうつもりです。自分の特技である人たらしの良さを活かして社内の先輩や取引先の方と信頼のおけるコミュニケーションをとれるよう尽力します。よろしくお願いいたします」  お辞儀の角度も満点だった。ぴんと背筋を張って堂々と前を見つめている。体幹が強いのだろう。まったく姿勢がブレたりしない。残りの2人の男たちはアルファらしい姿や口ぶりをしているものの、緊張のせいかどこか空回りをしているように見えた。そのせいで最初の男の評価がさらに高まる。残りの3人の女性社員は営業課の事務に就くため、男子とは別々で研修を受けることになった。 「じゃあ宮島くんと沢木くんは俺が受け持つことになるから。営業部の百田です。わからないことはなんでも聞いてね」  はい、と忠犬のように挨拶をするのは、先程の自己紹介で緊張して空回りしていた2人だ。2人の他所で残った岸本はじっと隅に立つ小鳥遊を見つめていた。その瞳は黒曜石のように艶びていた。小鳥遊はゆっくりと近づき見下ろすようにして声をかける。 「営業部の小鳥遊だ」  あえて百田のように親身な印象を与えない。実際の営業先では性格に問題のある客も多くいる。岸本に先に不機嫌な相手を覚えさせて、その対処をさせていくほうが小鳥遊としては信頼がおける。いち早くそんな人間に慣れてもらうためだった。小鳥遊は常に不機嫌そうな顔をして岸本がどう反応するか様子を見ることにした。お手本のようなアルファはどこまでついてこれるのか見極めたかった。そして叶うことなら初速から飛ばして使いたい。これから繁忙期になり猫の手も借りたい状況がやってくるからだ。見込みのある奴は先に教えこんで、すぐに即戦力として現場で仕事を実践させて覚えてもらいたい。小鳥遊は岸本に対する完璧なプランを思いつき、心の中でにやりと微笑んだ。

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