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13 豹変

「部長。書類の確認とアポ取り終わりました」  5月の半ば、ようやく社内の空気に慣れてきた新人たちと同じ場所で働く。岸本は3人の中でもずば抜けて要領が良かった。さらに気もきいて就業前の朝の朝礼の10分前にはコーヒーを淹れてくる始末。小鳥遊はいつも自分でやっていたのだが、勝手に岸本が始めたので止めずにいた。おまえはお茶汲み用員のオメガ社員ではないだろうと思いながらコーヒーを啜る。香ばしい匂いに頭が冴えてくるのを感じる。ふとフロアを眺めれば岸本も同じようにコーヒーを飲んでいた。  朝礼を終えて毎朝恒例の簡単なストレッチを皆でしながら業務につく。その日も何事もなく1日が過ぎていくと思っていた。  俺があんな忘れ物をしなければ。  1週間の最後とあって気が抜けていたのかもしれない。仕事を終えてパソコンの電源を落とし、帰る途中にある歯科医院に向かうため保険証を確認していたときだった。小鳥遊は急病の際、どこの病院にも行けるように持っている病院の診察カードを常に持ち運んでいた。ほどほどに分厚いカードケースを広げながら今日行く歯科医院のカードを探す。フロアには|人気《ひとけ》が少なく、見れば自分の部署には岸本しか残っていなかった。ごそごそとデスクのあたりを掃除しているのかいっこうに帰る気配はない。 「戸締り頼むぞ」 「はい」  まだごそごそと手を動かす小鳥遊を不審に思い声をかける。 「なにかあったのか」 「家の鍵を落としてしまったみたいで……たぶんこの辺だと思うんですが」  小鳥遊はデスクを一通り見て、スッと3番目の引き出しを引いた。クリップやホチキスなどが入っているところをごそごそと探ると、銀色の鍵が顔を出した。なぜこんなところにと思ったがそれを聞くほどの余裕はなかった。歯科検診の予約時間が近づいている。

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