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14 仕事のいろはを叩き込む

 末広が迅速に変更箇所を伝えたおかげでものの数分で改定されたコマーシャルを確認することができた。小鳥遊が言った通りの場所にキジマ鉄鋼の文字が映る。これなら先方も気を悪くはしないだろうと思ってそのデータが入ったディスクを鞄に詰めて小鳥遊はキジマ鉄鋼に向かった。  タクシーの中で目を伏せる。さあ、果たしてどんな反応をするだろうか。  若干の心配はあったものの、コマーシャルの出来に宇津木社長も大きく頷いてくれたおかげですぐにテレビ局にデータを送ることができた。  ここまではスムーズにきたので小鳥遊は緊張していた肩の力をほぐす。あとは午後の企画会議に参加して部長として部下に助言をし、最後に岸本に振った仕事の確認をするだけだ。  珍しく緩やかなスケジュールに安堵しながら休憩室でコーヒーを飲む。人は出払っているらしくゆっくりと香りを楽しむことができた。これはグアテマラの豆か。渋いくらいがちょうどいい。  小鳥遊はそこまで豆に詳しいわけではないが、休憩のときに飲むとすれば、コーヒーか紅茶、緑茶や水だった。カフェインを取りすぎないよう気をつけながら飲むようにしている。医者がうるさいのがかなわない。  ふと、強い視線を感じて後ろを振り向くと岸本がコピー機の前に立っていた。こちらを黙って見つめてくる岸本を怪訝に思いながらも、無視するわけにもいかないので声をかける。 「どうだ。進み具合は」  やや間があって岸本は静かに頷く。 「はい。先輩に教えていただいたので、あと少しで終わりそうです。他にも何かあれば言ってください」  想像したよりも早く終わるな。小鳥遊はそう予測して、2つ目の仕事を振った。 「部署の倉庫室の掃除を頼む。おまえも資料の場所を確認しておいた方がいいだろう」 「わかりました」  そう言ってすぐに出て行くかと思えば、岸本は直立したまま動かない。どうしたというのだろう。じっとこちらの様子を見ている。 「まだ何かあるのか」 「あ、すみません。他の新人は細かい研修を受けているようなので、なぜ自分はそれがないのかと……」 不安げな視線を寄越した岸本にいささか落胆する。下と比べることほど愚かなことはない。仕事においては。自分は期待されているのだと非言語として理解しなければ、仕事は振られなくなる。  困ったように眉を寄せる岸本を一瞥して静かに目を伏せる。さて、どうしたものか。どう伝えるのが一番食らわせられるかを考える。岸本に飴を与えるようなしつけを、小鳥遊はするつもりはない。そのため、淡々と事実を述べることにした。 「おまえなら後でもやれると思っただけだ。百田の指導方針と俺の方針は違う。合わなければ向こうに行ってもいいぞ」  一呼吸もせずに、そんなことありませんと岸本は首を振る。 「早く現場に出たかったので願ったり叶ったりです」 「そうか」  飲み干したカップをくしゃくしゃにしてゴミ箱に突っ込み、休憩室を後にする。  岸本のことを自信満々の前のめりな人物だと思っていたが、どうやら冷静ではあるものの臆病な一面も持っているらしい。これは鍛え甲斐があるぞと思って小鳥遊は悠々と部署に戻った。 「部長。確認よろしくお願いします」  ちょうど16時ジャストに小鳥遊のデスクに岸本がやってくる。クリップでとめられた資料を受け取り、ぺらぺらと端をめくっていく。誤字もなく、初めてにしてはフォームも整っている。  隣のデスクに座るふたつ上の先輩の山瀬にでも教わったのだろう。彼の癖が少し出ているのがわかる。山瀬にも後で指導をしたほうが良さそうだ。こうして、新人に小鳥遊ではなく歳の近い先輩をあてがうことで、教える側の癖やミスも発見できるので、部長の小鳥遊としてはとても効率がいいやり方なのだ。 「中身には問題がない。だが、この表は少し見づらいな。線を細くしてもう一度やってみろ。終わるまで待つ」  岸本は素早く席に戻った。小鳥遊はあえてここで待つと伝えた。それは目上の者を待たせるプレッシャーに耐え切れるかどうかを見るためだった。これでミスが起きれば緊張に弱いタイプだとわかる。普通の人間だったら、上司を待たせているという状況に緊張してタイピングミスをしたり、指示が正しく伝わっていなかったり、成果物のレベルが下がったりするのだが。どうやら岸本はその類の男ではないらしい。  5分もしないうちに岸本が戻ってきた。その表情に焦りの色はない。改善した点を見ながら、もう一度表の端から端まで隅々とチェックする。特にミスはないようだった。 「たしかに受け取った。今日はもう上がっていいぞ」 「でも、まだ他の同期は勤務してますし……」  やはり向こうの進行が気になるらしい。自信ありのくせに、人と違うことをするのに臆病な性格らしい。あまりアルファに見ないタイプの性格だが、個人差はあると思い深く気にとめなかった。そこで小鳥遊はもう一つの課題を与えることにした。

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