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困ったように眉を寄せる岸本を一瞥して静かに目を伏せる。さて、どうしたものか。どう伝えるのが一番食らわせられるかを考える。岸本に飴を与えるようなしつけを、小鳥遊はするつもりはない。そのため、淡々と事実を述べることにした。
「おまえなら後でもやれると思っただけだ。百田の指導方針と俺の方針は違う。合わなければ向こうに行ってもいいぞ」
一呼吸もせずに、そんなことありませんと岸本は首を振る。
「早く現場に出たかったので願ったり叶ったりです」
「そうか」
飲み干したカップをくしゃくしゃにしてゴミ箱に突っ込み、休憩室を後にする。岸本のことを自信満々の前のめりな人物だと思っていたが、どうやら冷静であるいみ臆病な一面も持っているらしい。これは鍛え甲斐があるぞと思って小鳥遊は悠々と部署に戻った。
「部長。確認よろしくお願いします」
ちょうど16時ジャストに小鳥遊のデスクに岸本がやってくる。クリップでとめられた資料を受け取り、ぺらぺらと端をめくっていく。誤字もなく、初めてにしてはフォームも整っている。隣のデスクに座るふたつ上の先輩の山瀬にでも教わったのだろう。彼の癖が少し出ているのがわかる。山瀬にも後で指導をしたほうが良さそうだ。こうして、新人に小鳥遊ではなく歳の近い先輩をあてがうことで、教える側の癖やミスも発見できるので、部長の小鳥遊としてはとても効率がいいやり方なのだ。
「中身には問題がない。だが、この表は少し見づらいな。線を細くしてもう一度やってみろ。終わるまで待つ」
岸本は素早く席に戻った。小鳥遊はあえてここで待つと伝えた。それは目上の者を待たせるプレッシャーに耐え切れるかどうかを見るためだった。これでミスが起きれば緊張に弱いタイプだとわかる。普通の人間だったら、上司を待たせているという状況に緊張してタイピングミスをしたり、指示が正しく伝わっていなかったり、成果物のレベルが下がったりするのだが。どうやら岸本はその類の男ではないらしい。
5分もしないうちに岸本が戻ってきた。その表情に焦りの色はない。改善した点を見ながら、もう一度表の端から端まで隅々とチェックする。特にミスはないようだった。
「たしかに受け取った。今日はもう上がっていいぞ」
「でも、まだ他の同期は勤務してますし……」
やはり向こうの進行が気になるらしい。自信ありのくせに、人と違うことをするのに臆病な性格らしい。あまりアルファに見ないタイプの性格だが、個人差はあると思い深く気にとめなかった。そこで小鳥遊はもう一つの課題を与えることにした。
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