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「俺は嘘なんてついていない」
大丈夫。まだ言いくるめられる。
小鳥遊は静かに余裕を持って微笑んだつもりだった。しかし岸本は些細な空気の変化を察したのか静かに頷く。
「アルファなのに種がないって可哀想ですね」
「っ」
こいつ、今なんて言った? 可哀想だと。
ふっと初めて見せる表情で岸本が笑う。綺麗な笑みとは言い難かった。例えるなら、蛇が笑ったらこんな顔になるのだろうなというような笑顔。
小鳥遊は岸本の変化に戸惑い動けないでいた。岸本はぐるりと小鳥遊を円の中心に見立てて歩く。岸本にやや背の劣る小鳥遊は目だけを上に向けた。
「部長の秘密ゲットなんて俺的には大ニュースなんですけど」
くくっと喉の奥で岸本が笑う。これがあの真面目な岸本なのか。小鳥遊は言葉を失う。
「どうしよっかなぁ。早速お願い聞いてもらおうかな」
ひらり、と手を出される。無言でいると睨むような目で岸本がこちらを見てきた。
「金。あるだけ出して」
口止め料というのだろうか。小鳥遊は財布に手が伸びそうになるのを必死で止めた。ここで屈するわけにはいかない。
「俺が素直に従うとでも?」
「従わないとあなたの秘密ばらしますけど。いいんですか小鳥遊部長。きっと今の俺みたいな憐れむような視線で見られることになりますよ」
ぐっとバックを持つ手に力が入る。小鳥遊は渋々と財布を取り出した。一万円札を5枚取り出し岸本に向けると、勢いよく札を奪っていった。
「少ないな……まぁいいや、また今度もらいにきますから。ちゃんと現金の用意しといてくださいね」
くるりと背を向けて廊下に歩き出す岸本の姿を小鳥遊は呆然として眺めていた。
これから起こりうるであろう様々な不都合を頭に思い描き、小鳥遊は眉間を指で押さえた。
岸本雄馬ーー最悪の部下を持ってしまった。
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