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22 脅しの達人

 翌日の朝の朝礼の間も、小鳥遊は岸本の動向に目を光らせていた。鋭い眼光で岸本を見つめているのを、佐久間に心配されたがそれにはスルーしておいた。出社してから顔を合わせると、昨日のことには全く触れず真面目そうな笑顔で挨拶をしてきた。そんな様子を不気味に思いながらも他の社員が見ているので言葉を返すと、嬉しそうに目を輝かせる。こいつ二重人格か何かか。 「小鳥遊。ちょっといいか」  午前の業務を終え社内食堂に向かう途中に百田に呼び止められる。小鳥遊は腹が減っていたので早く昼食にありつきたいのだが。 「岸本のことなんだけど」  ぴくりと体の動きが停止する。岸本。今1番聞きたくない名前だった。ぎこちなく百田のほうを振り返る。百田には気づかれたくないので、普段通りに振舞った。 「……岸本がどうかしたのか」 「今日の研修も1番出来が良くてさ。もう実践に持ち込もうと思ってるんだけど、担当のおまえの意見を聞きたくてな」  仕事は真面目にこなすタイプらしい。やはり二重人格のようだと思いながら百田の言葉に頷く。 「俺の元で実践に入ってもらう。岸本の研修は終わりでいい」  そうかと呟いて百田がじっとこちらの顔を伺うように見つめてくる。小鳥遊は眉を寄せた。 「なんだ。無言で見つめられると気分が悪い」  百田はふっと口端を上げた。猫のような笑い方だと小鳥遊は思う。たぶんミヌエット。 「岸本に期待してんのかなぁって思っただけ。ビシバシ鍛えてやれよ。それと、俺との勝負忘れるんじゃないぞ。どっちの新人が契約たくさん取れるか勝負だぜ」  百田の後ろ姿を見送ってから再び憂鬱な気持ちになる。岸本に弱みを握られてしまって正直平静でいられない。二人きりで仕事に取り組むとなれば、また豹変するかもしれない。仕事中にそんなものに付き合うつもりは毛頭ないのだが、また金をせがまれるのかと思うと気分は晴れなかった。そしてこんなに弱る自分は久しぶりで驚きもあった。種がないと診断された直後と同じくらい動揺していた。清く正しい上司と部下の関係を乱したくない小鳥遊は、今後は毅然と岸本からの脅しに応じようと決意して天ぷら蕎麦をすすった。

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