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 2人きりだというのに、岸本はいつものように底意地の悪い顔も口調もしない。相当参っていると見える。  ふらつく岸本の肩に手をやってトイレまで連れていくと、また仄かな甘い香りが漂ってくるのを感じた。その瞬間、小鳥遊の心臓が強く跳ね上がる。ばくばくと心臓が高ぶり体が熱くなる。以前の恋人とそうなって以来の激しい衝動に胸を押さえた。トイレにこもった岸本は一向に出てくる気配はない。この香りは間違いなくオメガの発情期に放たれるフェロモンの匂いだった。  既に店内にまで漏れてしまっているのか、アルファと思しき客たちがざわめき出す。この場はまずいと悟り小鳥遊はトイレのドアを叩く。ふらりと出てきた岸本をおぶって外に飛び出した。  近くのビジネスホテルに岸本を連れ込みベッドの上に投げ落とす。以前の恋人と別れてからというものオメガのフェロモンに当てられたことがなかった小鳥遊はひどく動揺していた。 「部長……すみません、鞄のポーチから薬の入った瓶を出してもらえませんか」  弱々しく呟く岸本に応じて鞄を漁る。白いメッシュポーチに入っていた小瓶を岸本に手渡した。触れた指先がピリッと熱を産む。岸本を押し倒したい衝動を、ぎゅっと手のひらに爪を食い込ませて耐える。  洗面所に向かっていく岸本の背中を眺めていた。甘ったるい香りが室内に充満していく。薬を飲み終えた岸本がゆっくりとベッドに沈み込んだ。その顔は青白い。 「あーあ。バレちゃいましたね」  だいぶ顔色がよくなった岸本が自嘲的な笑みを浮かべて言う。その声は少し震えているようだった。

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