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24 餌付けされている
じりじりと近づいてくる岸本を手で制する。岸本が耳元で囁く。それは命令のように小鳥遊の耳に入り込む。
「じゃあ行きましょうか」
そう言って半ば強制的に岸本の後をついていく。繁華街とは別方向の電車に乗り込むとある駅で降りた。そこは住宅街が広がる小さな駅だった。こんなところに飯屋があるのかと思っていると小さな小道に入っていく。
だんだんと電灯の数が少なくなり空は暗く染まっていく。嫌な予感がしてそれを受け入れたくなくて小鳥遊は無言で黙々と足を進めていた矢先。
「ちょっとスーパー寄ってもいいですか?」
「……まさかおまえ自分の家で作る気か」
「今日は常日頃からお世話になっている部長をもてなしたいだけです」
人懐っこい笑みを浮かべながら小鳥遊はスーパーの店先に走っていく。買い物に付き合う気はさらさらないので外のベンチで座って待つことにした。
まったく俺もどこまで従順なんだか。部下の家に入るなんてこと今まで1度もなかった。唯一、同期の百田の家には宅飲みする際に行ったことはあったが……。
The・成人男性の部屋という具合でごみが散らかってたり、家具のレイアウトがまちまちで過ごしにくかったのを思い出す。職場では完璧なアルファの百田の弱みとするならば、家事力が極端に低いことだろう。
小鳥遊は深くため息をついて夜空を見上げた。星ひとつ見えない都会の狭い空は今日も薄墨のように濁っているように見える。それがまた小鳥遊の気分を落としていく。
20分ほど時間を潰していると、買い物袋を下げた岸本が小走りでこちらに向かってくる。
「すみません。特売日だったんでどうしても今日行きたくて」
弾む息を抑えながら岸本が話しかけてくる。小鳥遊はそれをそっけなく頷いて返した。
岸本の住むアパートはオートロック付きのそこそこいい家だった。3階の角部屋に住んでいるのだという。社会人になりたての頃はこんな家に住んでいたなと小鳥遊は思い出す。
狭い玄関に通されて渋々靴を脱いだ。システムキッチンの横を通り抜けると、6畳のリビングが出迎えてくれる。その奥にはベッドの置いてある小部屋が続いていた。
「狭い家ですけどゆっくりしていってください」
ワイシャツの上にエプロンをかけた岸本が、スーパーの袋から食材を冷蔵庫に入れたり下準備を始める。てきぱきとした機敏な動きに家事力は期待できそうだと小鳥遊は感じた。
「……話が終わったらすぐ帰るからな」
早速キッチンに立つ岸本を横目に見て部屋をまじまじと観察する。独身サラリーマンにしては部屋が整っている。
ビンテージインテリアとでもいうのだろうか。黒いアイアンの足のテーブルにサイドテーブルも同じ柄をしている。天板の木目は大雑把で生の木を割ったような柄をしている。アクセントカラーの紺色の2人がけのソファに腰を落とした。
やることもないので目の前に置いてあるテレビをつける。この時間帯はバラエティ番組ばかりでさほど興味のない小鳥遊にとっては見るのが苦痛だった。すぐさま消して自分のスマホをいじり出す。華金の今日は百田にも飲みに誘われていたが連日の微々たる疲労が重なり家でゆっくり休もうと思っていたのに、岸本の家に来てしまった。その矛盾に浅い笑いが込み上げてくる。
ほんとうに何をしてるんだ俺は。
10分もするとキッチンからいい匂いが漂い出してくる。この匂いは肉じゃがだなと予想して目を閉じた。
「小鳥遊部長ーできましたよ」
岸本の溌剌とした声で小鳥遊の意識が呼び覚まされる。はっとして体を起こした。他人の家で眠りそうになるなんてことは初めてだった。
ローテーブルに置かれた肉じゃがとほうれん草のおひたし、ささみと春雨の中華和えを見つめていると、岸本が割り箸を渡してきた。もちろん腹は減るのでじっと料理を見つめた。
「どうぞ。あんまり美味しいかわかりませんけど」
「……いただきます」
小鳥遊は食事の挨拶をしないと気が済まない性質だった。部下の家で飯を食うという状況に慣れずにいたが、岸本ががつがつと豪快に平らげていくのを見てさほど気にならなくなった。
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