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「おまえオメガだったのか」
そう聞くと岸本はゆっくりと頷いた。
「正規雇用で昇進するために選んだ茨の道でしたけど、3ヶ月でその夢も散りましたね」
はぁ、と大きなため息をひとつして岸本がこちらを見つめてくる。その瞳がゆらゆらと揺れていた。
「横溝課長に報告しますか?」
「……いや報告はしない」
じわりと汗の滲んだこめかみをハンドタオルで拭きながら答える。岸本は少し驚いたように目を見張った。
「おまえは仕事に対しては真面目だし実力もある。オメガだとバレなければアルファとしてやっていけるはずだ」
それは小鳥遊の本音だった。見た目も性格もアルファ以外の何者にも見えない。発情期さえ抑えられれば。
「大学時代はうまくやっていけたんですけどね。社会人はそう甘くないみたいです」
ベッドに突っ伏す岸本の表情はここからではよく見えない。片腕を顔に乗せている。よほど今の顔を見られたくないらしい。ふと、ある考えが小鳥遊の頭をよぎる。気づけばそれを口にしていた。
「……俺に種がないということを他人に公言しない代わりに、俺はおまえをオメガだと報告はしないと言ったらこの条件のむか?」
ゆっくりと岸本が起き上がる。
「取引ですか」
「そう思ってもらって構わない。俺はもしおまえが社内で発情期になったら助けてやるし、言い訳もしてやる。だから、俺のことは誰にも言わないと誓ってくれ」
「ほんとに助けてくれるんですか?」
ふっと鼻で笑う岸本を真剣な目で見つめる。岸本は笑うのをやめた。
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