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「狭い家ですけどゆっくりしていってください」 「……話が終わったらすぐ帰るからな」  早速キッチンに立つ岸本を横目に見て部屋をまじまじと観察する。独身サラリーマンにしては部屋が整っている。ビンテージインテリアとでもいうのだろうか。黒いアイアンの足のテーブルにサイドテーブルも同じ柄をしている。天板の木目は大雑把で生の木を割ったような柄をしている。アクセントカラーの紺色の2人がけのソファに腰を落とした。やることもないので目の前に置いてあるテレビをつける。この時間帯はバラエティ番組ばかりで興味のない小鳥遊にとっては見るのが苦痛だった。すぐさま消して自分のスマホをいじり出す。華金の今日は百田にも飲みに誘われていたが連日の微々たる疲労が重なり家でゆっくり休もうと思っていたのに、岸本の家に来てしまった。その矛盾に笑いが込み上げてくる。  ほんとうに何をしてるんだ俺は。  10分もするとキッチンからいい匂いが漂い出してくる。この匂いは肉じゃがだなと予想して目を閉じた。 「小鳥遊部長ーできましたよ」  岸本の溌剌とした声で小鳥遊の意識が呼び覚まされる。はっとして体を起こした。他人の家で眠りそうになるなんてことは初めてだった。  ローテーブルに置かれた肉じゃがとほうれん草のおひたし、ささみと春雨の中華和えを見つめていると、岸本が割り箸を渡してきた。もちろん腹は減るのでじっと料理を見つめた。 「どうぞ。あんまり美味しいかわかりませんけど」 「……いただきます」  小鳥遊は食事の挨拶をしないと気が済まない性質だった。部下の家で飯を食うという状況に慣れずにいたが、岸本ががつがつと豪快に平らげていくのを見てさほど気にならなくなった。

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