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33 2人で過ごすひととき

「お邪魔します」  荷物を運び終えた運転手が帰った後で、岸本がこれから自分の部屋になる空き室に入っていく。その足取りは軽く、るんるん気分で今にもスキップしそうな勢いだ。 「前のとこより綺麗です」  6畳ほどのスペースは文字通りすっからかんだ。将来の子供部屋にと考えていたがそれは2度と叶わない夢になった。この部屋も誰かに使われて嬉しいだろうと思いながら小鳥遊は荷物を運ぶのを手伝っていた。  おおかた岸本の荷物を運び終えるとちょうど昼時だったのでファミレスに飯を食いに行くことにした。 「俺、デミグラスハンバーグが食べたいです」  メニュー表を突っつきながら岸本が言うのを片耳に、小鳥遊はステーキセットを頼むことに決めた。店員を呼びつけ注文をしている間、岸本から熱い視線を感じた。 「なんだ」 「部長のプライベートを観察してるだけです」 じとーっとした目に見つめられると、視線をどこへ投げていいかわからなくなる。こうして対面で岸本と顔を合わせるのは久しぶりだった。 「ストーカーのような行為はやめろ」 目線を逸らして言い放つ。やはり、一定の距離感は保っておきたい。それが小鳥遊の心情だった。 「俺と部長の仲じゃないですか」  ね? と首を傾げる岸本を無視してスマホをいじる。来週の新しい取引の段取りを確認しておきたかった。小鳥遊は休みの日も仕事のチェックを入念に行うたちなのだ。 「うんまーっ」  ハンバーグにかぶりついて大はしゃぎする岸本を眺めながらステーキを食す。まるで子どものようだと思いながら岸本の食いっぷりを見ていた。 「部長のステーキも美味そうっすね。一口シェアしません?」  そう言ってあーんと口を開く岸本を見つめながら無視を決め込む。  誰が公共の場であーんなんてするか。 「つれないなぁ」  つまらなそうに口を尖らせる岸本を放っておきながらステーキを頬張る。なかなかに弾力があってかみごたえがある。最近良い肉を食べていなかったことを思い出す。別にこれといって節約をしているわけではないのだが、岸本と出会ってからそちらに意識を取られていて食事は最低限必要な分だけしかとっていなかった。 「デザート食います?」 「甘いものは好きじゃない」 素直な意見を述べる。 「部長らしいですね」  くすりと笑って、デザートの欄を見ながら岸本は悩みに悩んでいるようだった。期間限定の梨のシャーベットか桃のパンケーキとに悩んでいるらしい。これだか甘党は。簡単に選ぶこともできないなんて。 「これにしようかなあ」  店員を呼んでお目当てのものを注文している岸本の横顔を見る。まじまじと顔を見つめるのは初めてかもしれない。男らしい顔つきをしていると思う。キリッとした二重の下にある瞳は黒く澄み切っている。やや広い口からは真っ白な歯がのぞく。歯並びがいい。こいつの笑顔を見ただけで何人の女性社員が黄色い声をあげるだろうかと考えながら黙って見つめていた。  ふと岸本がこちらを見つめてきた。黒曜石のような瞳に見入られ、瞬きするのを忘れてしまう。そうして軽く口端を上げた。 「……急に笑うな」 「いいじゃないですか。部長の顔綺麗だからずっと眺めていたいんです」  綺麗だと?   そんなことを言われたのは初めてだった。昔から目つきが悪いだとか、常に眉が寄っていて機嫌が悪そうだとしか言われてこなかったのに。 「あ、やっときた」  桃のパンケーキがやってきて岸本ははしゃぎだす。デザートひとつでここまで喜べる男がいるとは信じがたかった。早速大きな口で桃を頬張る岸本を見て、小鳥遊は昨夜の出来事を思い出しそうになり頭を振る。  何を考えているんだ俺は。  まだ幼さの残る顔をした新人社員とここまで深く付き合うことになるとは想定外だった。お互いの秘密を抱えた関係性は果たしていつまで続くのだろうかと想像する。番の契約をしてしまった以上どちらかが死ぬまでは続くのだろう。それが意外にも面倒だとか苦痛だとは思わない。そんな自分に驚いているのは小鳥遊自身だった。

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