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34 忠犬社員の1日(side岸本)
部長をからかうのは楽しい。
番になって1週間が経った頃、いつものように仕事中は上司と部下という関係で過ごしている。本当はもっと距離を縮めたいのが本心だが、きっと真面目で強情な部長はそれを許さないだろう。
岸本は少しづつ小鳥遊部長という人間の性格や考え方がわかってくるようになった。
The 仕事人間。職人気質でさえある。この人にかかればどんな難しい契約だって必ずとれるだろう。そんな信頼を会社の部署の皆が置いている。もれなく岸本自身もだった。
ふと、初めて出会ったときのことを思い出す。自己紹介をするとき、部長からの射抜くような視線にぞくりとした。狼のような威厳のある立ち振る舞いに憧れを抱くのにそう時間は要さなかった。
艶びた貌に、透明感のある黒髪は撫でてしまいたくなる。まるで彫像のような細身ですらりとした肉体は、スーツを脱がせば腰周りは細いのに上腕や肩周りは鍛えられていて感嘆とした。日々のトレーニングや食事管理をしっかりしている人なのだろうと好印象だった。
仏頂面の部長の慌てた顔や気持ちよさそうな顔が見れるのは自分だけの特権だった。寝起きの不機嫌そうな顔を拝めるのもこの世で唯一俺だけだった。そんな顔もかわいいだなんて思う俺はどうかしているだろうか。
部長の住むマンションに引っ越してから毎日が輝いて見えた。朝食と夕食の準備はいつも献立に悩みながら作っていてさながら新婚気分だった。きっとそれも俺だけなんだろうけど、毎日部長の隣にいれるのは嬉しい。
部長はよく俺のことを大型犬みたいだって言うけど、最近自分でもそう思うようになっていた。部長よりちょっと背の高い俺だけど、丸い形をしている部長の頭に顎を乗っけるのが大好きだった。毎回暴れて逃げられてしまうのだがそれを追いかけるのも一興だった。最終的には追いかけっこに疲れた部長はソファに寝転がって新聞を読み始める。
本当に仕事に一途な人だと思う。仕事熱心なのはとっても良いことだけど、たまには俺にも甘えて欲しいし、飴がほしい。いつもいい子にしてるからたくさん撫でて欲しい。たまには抱っこもしてほしい。
自分はいつからこんなに乙女心を持つようになったのかわからないけど、部長にだけならなんでもしてほしかった。
そうして俺も、部長になんでもしてあげたかった。ビジネスの番とはそういうものだろうとも思っていた。
「岸本」
「はい」
くるっと名前を呼ばれた方向を振り向く。今日は休日で小鳥遊部長は朝からコーヒーを飲んで新聞を眺めている。今時新聞を取っているなんて珍しいですねと言うと、今読んでるのは日経新聞だから会社から借りているのだという。
休みの日も時間があれば新聞を隅から隅まで目を通している部長のことを俺は心の底から尊敬している。
「今日はクローゼットの整理を頼む」
じんわりと梅雨の暑さがやってきた今日この頃、久しぶりの青空が窓から見える。窓の隙間からじめっとした風が吹いてきて部屋の中を梅雨の匂いでいっぱいにする。春から夏へと季節が移り変わろうとしていた。
「わかりました。ちゃっちゃとやっちゃいますね」
「ああ……終わったら声をかけてくれ」
部長は新聞から目を離さずに、俺に声をかけた。
「えーっと、これはここに置いて」
冬物のロングコートは端っこに。薄手のコートは取りやすい手前に置く。靴下や下着の入った透明な3段ケースを拭いていると、クローゼットの床の1番隅に小さな紙袋が置いてあるのが見えた。何気なく手にとって中身を確認する。
「へぇ」
我ながらこういう勘は冴えてる方だとは思っていたけど的中するとは思わなかった。だってあの部長の部屋にこんなものは似合わないから。にやっと笑ってからもう一度クローゼットの中を見渡す。柔軟剤の匂いと部長の匂いがいっぱい詰まったそこは俺にとっては癒やしの場所でずっと閉じ込められていたいとさえ思う。
さぁ、今日はどんなふうにして遊んでやろうかな。
トマトと卵の中華和えと茄子の煮浸し、鮭の塩焼きを綺麗に平らげた部長を確認してから俺は気分が上がっていた。いつものルーティーン通り部長が風呂に入るのを確認して急いで紙袋をベッドの上に置く。上がってきたときにどんな顔をするか楽しみでしかたない。
「……なにしてる」
「ベッドメイキングですけど」
「そっちじゃない。その袋どこで見つけた」
焦ってる焦ってる。冷静そうな顔をしてるけど眉毛がぴくぴく動いてるんだよなぁ。
「クローゼットの掃除してたら出てきたんですよ。こういうの趣味なんですか?」
袋の中から半透明の筒型の大人のおもちゃが現れた。小鳥遊部長は動揺したように肩肘をぴくっと震わせた。
いいよその反応。思春期の男の子みたいで。
「部長も男の子ですもんね。このくらい普通ですよね」
「片づけろ」
「嫌です。こいつもだいぶご無沙汰みたいですし使ってあげなきゃかわいそうでしょう」
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