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37 曖昧な線引き

「小鳥遊部長」  小鳥遊は顔を見なくてもその声が誰のものか嫌でも理解できるようになっていた。 「……なんだ」  あの夜から2ヶ月が経った。相変わらず岸本は仕事中は優秀な部下として小鳥遊に接してくる。夏日の今日は朝から蒸し暑く、社内は冷房が効いている。あの過ちの一夜以外は特に脅されることはなかった。嵐の前の静けさのようだと小鳥遊は感じていた。 「今日の飲み会は部長も参加しますよね?」  今日は部署一同集まって酒を飲む日だった。暑い夏も頑張りましょうという建前のどんちゃん騒ぎが許される1日だった。横溝課長の主催で用事がない限りは半強制参加となっている。部長の小鳥遊は気乗りしなくても参加することが決定づけられていた。 「ああ」 「俺も行くんですけど、そのとき隣に座ってもいいですか?」  なぜそんなことを聞いてくるのだろう。  小鳥遊は眉を顰める。すると岸本はにかっと笑って言った。 「部長にお酌がしたいんです。いつもお世話になってますから」 「好きにしろ……今日は無理して飲まなくていい。前回の過ちを繰り返すなよ」  苦々しい記憶を思い出したのか岸本は苦笑する。それを傍目に見てやっぱりこいつは二重人格なんじゃないかと疑ってしまう。 「それじゃあ乾杯っ」  課長の一言で宴の幕が上がる。百田がジョッキを掲げて生ビールをごくごくと喉に流し込んでいる。小鳥遊は課長の話を聞きながら相槌を打っていた。1人娘を持つ課長はでれでれとしながら愛娘のことを話す。

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