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「美波がパパにってクレヨンで描いた絵をくれたんだよ。それが6歳児の画力じゃないわけ。ほらこれだよ。すごいだろう?」
スマホの画面をタップしてわざわざ絵を見せてくれる。小鳥遊は目を細めて笑った。
「ほんとに上手ですね」
子どもの描いた絵に上手い下手と評するのははたしてどうなんだろうと考えていると、隣に座る岸本が肩を叩いてきた。突然の接触に体がびくりと反応する。
「部長の頼んでいたウーロンハイがきましたよ」
「ああ」
グラスを手元に置いてくれた岸本をしげしげと眺める。小鳥遊の忠告を守っているらしく、ノンアルコールの梅酒しか頼んでいないようだった。
宴も終盤に差し掛かり大半の社員に酔いが回ってきた頃。潰れてしまった課長を百田と背負ってタクシーに乗せる。いつもの光景だった。今日は少しセーブしているのか百田の目は据わっている。
「健康診断の結果がよくなくてさ。酒は控えろって医者から言われたんだ」
つまらなそうに呟く百田の話を受け流しながら宴会場と化した座敷を見渡す。そこに岸本の姿はなかった。なんとなく嫌な予感がしてトイレや喫煙所を探し回ったが姿が見えない。
廊下で別の客とすれ違う瞬間、ふわりと甘い香りがして急いで振り返った。3人の男がゆったりとした足取りで1番奥の座敷に向かっていく。
「まじか。おまえ運がいいな」
「見た目はまじでアルファなんだよ。あれはそそられるわ」
「で、外の裏手でやっちまったのか? 俺も呼べよな」
その言葉に体が凍りついた。男たちに詰め寄り声をかける。
「おい。今なんて言った」
アルファの雰囲気が強い3人がにたにたと笑いながらこちらを見つめてくる。
「なんだよ。あんたも興味あるのか」
「……」
小鳥遊は無言で男の話を聞いていた。
「外の喫煙所の裏にさ、発情してるオメガがいるんだよ。さすがに懇親会の途中だから軽く遊んでやっただけだけど」
最後まで聞き終えることなくその場を立ち去る。大股で廊下を進んでいった。まさか社外で他社のアルファに襲われるとは考えもしていなくて鼓動が早まった。
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