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「岸本」
裏手の壁にぐったりと背を預ける岸本は抑制剤を飲み終えた後らしくフェロモンは出ていないようだった。しかし雄くさい匂いが辺りに立ち込めている。あのアルファの匂いだとすぐに感づく。
「だから言ったでしょう。あんな取引信じられないって」
うっすらと汗を浮かべる岸本に触れようとした手を引っ込めた。
俺は何をしようとしてるんだ。慰めようとでも? そんなもの岸本を傷つけるだけだとわかっているのに。
「……すまない。こういう事態は想定していなかった」
じっと射抜くような目線に小鳥遊は目を伏せた。
「部長のせいじゃないですよ。俺が下手をうっただけで……」
「痛むか」
「……っ別に」
「嘘をつくな。体が震えているだろう」
ぐっと体を抱きしめるように岸本は自分の体に両手をまわした。そして小さく息を吐き出す。
「もうこんな自分が嫌なんです。毎度同じ失敗を繰り返して、ほんとに馬鹿ですよね」
いつもの自信に満ち溢れた岸本はそこにはいなかった。弱っているとすぐにわかる。これでは会社を辞めると言い出すかもしれない。それは部長として許し難いことだった。使える部下を失いたくはない一心で岸本の肩に手を置く。するとびくっと体を震わせた。相当怖い思いをしたらしい。
「岸本……このあとうちに寄らないか」
「え?」
なぜ? という目で岸本はこちらを見てきた。自分でもなぜそんなことを言い出したのかよくわからない。けれど1人で帰すのはよくないと思ったのだ。
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