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51 このままずっと甘いままでいてほしい

 部長は夕食の時間の前に借りていたこのログハウスの様子を見にいっていたのだという。用意周到とはこのことをいうのだろう。俺のためにわざわざ貸し切ってくれたことに感謝の気持ちでいっぱいになる。 「そろそろ帰らないとみんなに不審に思われますかね?」  まだ離れたくない気持ちを抱えてそう聞いてみる。そうすると小鳥遊部長が薄らと目を開けた。 「外で一泊していたといえば問題ないだろう」  他の社員も屋外でキャンプをして一晩明かすやつもいるからな、と言葉を続け眠たげな目を擦る。だいぶ疲れているらしい。俺はそんな無防備な部長を見れるのが嬉しくて、つい逞しい腕に両手を回しそうになった。 「……なんだ?」  いつもの仏頂面ではない。事後の余韻に浸っているのか部長の醸しだす雰囲気が甘くて柔らかくてこのままずっと2人でいれたらいいのにと思う。 「……なんでもないです」  でも今それを伝えるのは少し場違いなような気がして頭を振った。ほんとうはこの心の奥底から溢れる想いに気づいている。けれど今はまだ伝えたくない。伝えてしまったらこの心地いい距離感が狂ってしまうかもしれないと思うと怖かった。  部長はあくまで上司と部下の関係だと言い張るだろうし、俺たちは運命の番でもなんでもない。ただのビジネス番なのだから。そう思うと胸のあたりがざわざわとざわめき出す。部長はどんな思いで俺を抱いているんだろう。そんな疑問が頭をもたげた。心根の優しい部長だから、俺が発情期を迎えたときは優しくしてくれる。でもそれは好意からくるものなのだろうか。 「岸本、俺はもう寝るぞ」  床に落ちている服を着ながら部長が言うのを俺はベッドに寝転びながら聞いていた。本当はまだ部長の肌に触れていたかった。 「おまえも早く服を着ろ。風邪を引かれたら困る」  部長が困るのではない。会社が困るのだと思うと気持ちが沈んでいった。せっかくの甘い雰囲気にヒビが入るような気がして俺もいそいそと服を着た。  無言で横になる部長の大きな背中を見つめながら、どうか届きますようにとつぶやく。 「おやすみなさい部長」  窓から見える星空が紺碧の空をざらめのような粒で瞬いていた。

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