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62 完璧すぎるアルファ(天海編)

 天海恭平は地上28階のレストランで相手を待っていた。この日を心待ちにしすぎて30分も早く着いてしまったことに自ら苦笑してしまう。  それほどまでに運命の番と出会えたことが嬉しいのだ。  天海の恋愛歴は多難の連続だった。リブハウスの御曹司として完璧な環境で育てられた彼は、まさしく完璧な男になった。地位も名誉も加えて容姿端麗である。しかし、恋愛だけは下手だった。  初めて付き合った相手は、大学生の頃に付き合った。御曹司という名前目当ての同級生のオメガだった。初めての相手とあって簡単に騙されてしまった。  2度目の相手は父親が紹介してきたオメガの男性社員だった。リブハウスの総支配人の彼は御曹司の天海に劣らない色男だった。しかし、互いの価値観の違いから一年で破局した。  3度目の相手はネットの掲示板で知り合った本名も知らないオメガの青年だった。テレビ番組などで顔が知られているせいか、すぐにバレてしまい金目的にされた。  天海が絶対の信頼を置いているのは、リブハウスでは父親と秘書の綿貫だけだった。綿貫とは幼稚園からの幼馴染である。アルファとオメガという相容れない2人だったが、趣味が似ていて性格も似ていため恋愛関係に進展することもなく仕事に取り組めている。  綿貫のことを秘書に推したのは天海だった。頑固な父親が社長の席を譲ったすぐ後で、天海は自分に秘書をつけた。2度と他人に騙されることがないようにという予防線が綿貫だった。不思議と綿貫の人を見る目は正確で、それに何度も救われてきた。現在のリブハウスがあるのは綿貫のおかげといっても過言ではないと言えるほど、天海は綿貫を信用していた。  心待ちにしていた相手が早足でこちらへ向かってくるのを見て、天海の心は踊った。スマホで来週の仕事の予定を確認していたのをやめて、やや息の上がっている相手を見下ろす。急いで来てくれたのだろうか。一生懸命ここまで走ってきてくれたのだろうか。自分に会うのを楽しみにしていてくれたのだろうか。 「岸本くん」 「天海さん。すみません。電車が遅延してしまっていて……」  社会人として情けないです、と謝罪する彼を安心させるためにゆっくりと微笑む。天海は岸本の肩に手を乗せる。 「大丈夫さ。さぁ、店に入ろう」 「わかりました」  天海は岸本をエスコートして店内に入る。貸切とあってシェフやウェイターが全員出迎えてくれる。岸本はその光景に驚きながら天海の後ろを歩いた。  街並みが一望できる席に通されると、ウェイターが早速やってきてメニューを紹介し出した。岸本は慣れない店の雰囲気に気圧されてしまった。 「俺が頼んだのと同じやつにすればいい」  慣れたふうに注文する天海を見ていると、ん? と首を傾げられた。岸本は小さく息を吐く。 「恥ずかしながらこういう店に入ったことがないので、どうしたらいいかわかりません」  すると天海は品のいい笑い方をする。高級な長毛種のような気品のあるたたずまいだ。 「これから慣れて行けばいい。俺がいい店を紹介するよ」  愛おしそうな瞳で見つめられ、岸本はどきりとする。本気で言っている。その目は冗談を言っている目ではなかった。  ほどなくして料理が運ばれてきて、岸本はごくりと唾を飲み込んだ。料理好きの岸本が、名前だけは聞いたことがあるフルコースの品名。どんなレシピなんだろうと予想しながら口にする。柔らかなステーキが口の中でほろほろに溶けた。たくさん口に入れたいのを我慢して、小さな口で食べていると天海に笑われた。 「俺以外誰も見ていないんだから、もっとがっついていいよ」 にこにこと微笑みを浮かべれば、岸本は安心したようにフォークとナイフを手に取る。 「すみません。じゃあお言葉に甘えて……」  がつがつと皿の料理を平らげる岸本を見て天海は満足そうだった。テーブルマナーをきちんと守って品のいい食べ方をする天海を、岸本はすごいなと思う。自分とは住む世界が違う人だとも感じた。  育ちが違うんだろうな。アルファの中でも名門のアルファのようだと岸本は感じた。同じアルファなのに小鳥遊とは違う、と考えついたところで頭を振る。  いけない、もうあの人のことは忘れないと。ビジネスの番は解消したんだから……。目の前にいる運命の番の天海との時間をたいせつにしなければならない。こんなにももてなしてくれたのだから。俺のことをたいせつにしてくれるのはこの人に違いないのだから。 「ごちそうさまでした」 「こちらこそ。ごちそうさま。君が美味しく食べるのを見るだけで嬉しいよ」  ナプキンで口元を拭いながら天海が言う。なんて甘い言葉だろう、と岸本は黙って聞いていた。全身で好きだと言われているような。真っ直ぐで、嘘偽りのない好意に岸本の緊張の糸もほどけていく。 「じゃあさっそく本題といこうか」 「はい」  話があって呼んだ、と天海から聞いている。岸本は何を聞かれるんだろうと思って膝の上で握った拳を開いたり閉じたりした。次に天海が口にした言葉に、岸本は目を見開いて驚く。 「子供は何人欲しい?」 「え?」 「俺は3人がいいと思ってる。一人っ子より兄弟がいたほうが協調性が育まれると思うから」  俺は一人っ子で我が強く育ってしまったから、と恥ずかしそうに頭をかく天海を岸本はどう受け止めていいかに迷う。  この人、本気で俺と付き合う気なんだ。  まだ付き合ってもいない相手から、子供の話をされるのは不思議な気分だった。だから、自分なりに考えて言葉を発する。 「俺はまだ子供とか想像できないんですけど、心優しい芯のある子に育ってくれたら嬉しいです」 「そうか。俺も同じ気持ちだよ」  ふぅ、と天海は息を吐くと今度もまっすぐ聞いてきた。 「家はマンションがいい? やっぱりファミリーで暮らすなら戸建てかな?」  また未来の話を振られる。岸本はやや間を開けてから口を開いた。 「実家が戸建てなので、戸建てだと安心しますね……」 本音だった。しかし、天海といっしょに暮らすイメージがつかない。

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