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女医が処方してくれた抑制剤の入った袋をぶら下げながら家までの道を歩く。お互いに無言でいた。小鳥遊はなんと声をかけていいのか迷う。
俺のせいで岸本にさらに辛い思いをさせることになるとは……。
無言で後ろをついてくる岸本の歩幅に合わせて歩いていると時間がゆっくりと進んでいくように思えた。以前の恋人に振られたときを思い出して体に緊張が走る。あれは秋の空が見えた初秋のことだった。
***
「駿輔」
ベッドサイドの隅で小柄な体を抱き寄せていると、胸元から掠れるような声が聞こえて体を離した。丸い輪っかが彼の頭の上にあるように錯覚して小鳥遊は目を擦る。
「おはよう。昨日はよく眠れた?」
高く透き通った声でそう問われて小鳥遊は彼の頬に軽くキスを落とす。するとくすぐったそうに身をすくめた。
「やめてよ」
顔を両手で押されて少し不機嫌になる。すると、ごめんってと言って彼が微笑んできた。天使のようだと小鳥遊は思う。
「守《まもる》。そろそろ寝るときには服を着ろ」
風邪をひくといけないとぴしゃりと言い放つと、守は大きな瞳を丸めて笑う。
「だって素肌の方が駿輔の温もりを感じられてぐっすり眠れるんだもん」
「……馬鹿な考え方だな」
守にもこもこしたパーカーを着せて体を抱き寄せる。ふにっとした柔らかい唇を軽く吸った。
「ん」
「おはよう」
惚けたような顔にそう囁いてやれば守は磁器のように白い頬をほんのりと紅くさせて目を伏せる。
「おはよう」
今度は守のほうから恭しく唇にキスをされる。丁寧な口づけに微睡んでいると、目覚まし時計を見た守が慌てて靴下を履き出した。
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