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73 【番外編】大型犬の愛妻弁当
黄色、茶色、赤、緑、オレンジ。小鳥遊の目に入ってきたのは、色彩豊かな野菜や果物たち。楕円形の木製の弁当箱としばし睨めっこをしていると、隣のデスクで栄養ドリンクを飲んでいた佐久間がひょいと顔を覗かせる。
「部長の弁当すごいですね……栄養満点そう。それに比べたら俺なんか……俺なんか市販のよく分からない液体飲んでるんですよ」
ふりふり、と佐久間は茶色の小瓶の底に溜まった液体を振る。小鳥遊は内心少し焦っていたが、平静を保ってそれに答える。
「……たまには自炊もしないとなと思って、昨夜から下準備をしてきた。朝飯用だったが、食い切らなかったから持ってきた」
佐久間は「はぁ」と気の抜けた返事をする。佐久間の内心としては(言い訳すんなよ〜どうせ彼女の愛妻弁当だろ〜小鳥遊さんも照れ屋だな〜)であった。佐久間はこの弁当を作った人物に心当たりなど全くない。しかしーー。
佐久間の斜め向かいのデスクに座り、書類をトントンと整理している岸本はけろりとした顔だ。この弁当を作ったのは岸本で、自分はお揃いの弁当を持っていくのが恥ずかしいからと、プロテインで昼食を済ませるという。だから、小鳥遊は少し肩身がせまい。たしかに、野郎同士で中身が一緒の弁当を食べているところを見られれば、冷やかされるか見て見ぬふりをされるかの2択だろう。
岸本の料理の腕は確かだ。ものの20分与えれば、岸本は肉じゃがやチャーシュー、トマトパスタなど何でも作ってしまう。最近は時短でできる見栄えのいい弁当にハマっているらしく、今日もその方法で作ったものばかりだ。けれど、味は確かだし見た目も悪くない。
小鳥遊はおずおずと、黄金色をしている卵焼きを1口、口に入れた。卵の柔らかさが舌に溶け込む。ついで、甘さが。小鳥遊の健康を案じて、糖類0の砂糖で作ったらしい。少し匂いが独特だ。
小鳥遊の瞼の裏には、朝早いうちからせっせと台所に向き合う岸本の姿があった。昨晩もだいぶ遅くまで寝かしてやれなかったというのに、早起きをして弁当作りをしてくれる優しさに胸が詰まる思いだった。
入社したての頃は、まだ生意気な大卒という印象だったがだいぶ丸くなったものだ。まぁ、俺も昔はそうだったか。そんな気持ちで、ブロッコリーを箸で掴む。煮崩れしていない分、弾力があって食欲が進む。弁当の8割型を食べ終わったところで、ふうと一息つく。なんだか一気に食べてしまうのはもったいない気がした。
弁当だけに言えることではないが、食べるのは一瞬でも作るのは1時間やら2時間やらかかる。テレビドラマを作るのだって、1時間用を作るにも何日もかかるだろう。消費するのは一瞬で、作るのは時間がかかって。世の中、こればかりだ。
昼食のデザートに、隅にちょこんと置かれていたミカンに口をつける。甘酸っぱさがちょうどいい。愛媛産のいいミカンがスーパーで5個で298円という破格の値段で売っていたのだと、昨夜岸本が言っていたような。
岸本の趣味は近所のスーパー巡りで、1日2件は足を運ぶ。その2つの店舗で安い方、新鮮な方を買って帰るのだという。小鳥遊も残業がないときは一緒にくっついて行くのだが、商品を見分ける岸本の目といったら真剣そのもので声をかけるのも躊躇われるくらいだ。
「ごちそうさまでした」
小声で両手を合わせる。ふと、誰かの視線を感じて顔を上げるとプロテインをごくごくと飲んでいる岸本と目が合った。その顔には、「どうだ。うまいだろ」と、書いてあるような気がした。それを小鳥遊はつんと澄まして無視を決め込む。その反応が予想外だったのか、小鳥遊が少しでも微笑むとでも思っていたのか。岸本は飲んでいたプロテインをぶっと吹きこぼしてしまった。佐久間と米原が「あちゃー」と言って、すぐさま雑巾を持ってくる。岸本のワイシャツにはプロテインがびしゃりとかかってしまっている。
小鳥遊はそれをやれやれと思って目を伏せた。
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