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 受付の女性社員にエレベーターでフロアに案内される。数ヶ月は経ったといえ営業先に出向くのはやはり緊張する。手に持った鞄をぎゅっと握りしめて余計な力を抜く。深呼吸をしてフロアに足を踏み入れた。 「スバルホームズの方がいらっしゃいました」 「どうも。担当の|谷崎《たにざき》と申します。会議室にご案内いたします」 「よろしくお願いいたします」  部長にならって軽く頭を下げる。まったく緊張などしていないような飄々とした顔で部長は前を歩いている。その後ろ姿が格好良くてこの人ならきっと大丈夫だという安心感に包まれる。それは仕事でもプライベートでもそうだった。  会議室の中に入るとすでに明星建材の課長が席についていた。名刺交換を済ませ席につく。俺は用意していた資料を谷崎さんと課長に手渡す。 「それではさっそく本題に入りましょうか」  谷崎さんの軽快な一声で会議が始まった。すらすらと説明をする部長を見ながら素直にすごいなと思う。自分がプレゼンや説明をするとなったらきっと緊張して内容を飛ばしてしまうかもしれない。噛んでしまって何度もやり直す羽目になるかもしれない。しかし小鳥遊駿輔という完璧そのものの男はなんなくそれをこなしてしまう。 「説明ありがとうございました。こちらとしてもこの条件で良いと思っています。課長から一言いただいてもよろしいですか?」  うむ、と頷いて50代前後の男性が重々しく口を開いた。 「小鳥遊さんだったかな。若いのに物怖じしないところはすごくよかった。しかし1つあげるとするならば、もう少し笑顔を見せた方がいい。真剣な会議だが目だけ微笑むとか、柔らかい雰囲気を出すとか。そのほうが聞いていて気分がいい。今の君とはまるでAIと話しているような錯覚を覚えたよ」

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