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「夏季研修のことだが」
唐突に部長が言葉を漏らしたのを俺は手を止めて訊き入った。
「今年も本社の所有する別荘で行うらしい。といっても金持ちの持つような別荘じゃなく、林間学校に使うような宿舎だ」
清潔さは期待するなと注意を受けながら言葉を続ける。
「すでに部屋の割り振りは決めてある。何かあったときにすぐ駆けつけられるように俺とおまえは同室にしておいた。問題はないだろう?」
配慮してくれたんだ……。きゅっと胸が締めつけられる。
「ありがとうございます。助かります」
「詳しい説明は午後の全体ミーティングで百田から話があるからよく聞いておけ」
蕎麦を食べ終えた部長が席を離れていくのを俺は名残惜しそうに見つめていた。今度家で蕎麦を1から作ってみようかな……。そんなことを考えながら残りのカレーを口にした。
「えーっと、プリント全部回ったかな?」
企画室で部署の皆で百田先輩の話を聞く。1番前の席で部長が頬杖をついて座っている。
あ、眠たいんだ。
眉を顰めて目を伏せる部長を見て俺だけが感づく。あれは昼寝がしたいという合図で家ではすぐさまベッドに寝転んでしまう。しかし今は勤務中だから必死に耐えているのだろう。そんな姿が可愛くて俺はむふふとプリントを抱えて笑ってしまいそうになる。
「軽井沢の別荘で夏季研修を行うことになっているが、掃除洗濯調理は全て俺たちがやることになってる。役割分担をこの後決めます。まずは今回の夏季研修の目的を確認します」
ぺらっと1枚目の資料をめくるとでかでかと「交流会」と書いてある。
「堅苦しいことは一切なし! 夏季研修という名の社内旅行だと思ってくれ。俺もその気でがんがん酒を飲むつもりだ。一泊二日の日程で、特に観光することもない。2日目の朝食後は各自解散とする。そのまま帰るもよし。観光していくのもよし。ただし社員同士で行動すること。他の友達とかは連れてくるなよー」
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