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「お待たせしましたー」
宴会場となる一室に器を持っていく。みんなが料理を運ぶのを手伝ってくれたおかげで時間はかからなかった。メインの豚汁と白米、農業体験でもらったさつまいもの甘煮と豚バラ大根の煮物とキャベツの卵炒めをテーブルに並べた。みんな目をキラキラさせて喜んでくれていて嬉しい。
「あれ部長は?」
「あー、あいつならちょっと散歩に行ってくるって。先に宴会始めることになったから岸本もほら、缶ビール選んで」
「あ、はい」
缶ビールを手に取りみんなで「カンパーイ」と口々に言う。ごくりとひと口飲んでから、ほうっとため息をつく。酒に弱い体質のせいで1日に1缶くらいしか飲めなかった。百田先輩はガンガン飲むと意気込んでいるので、ちびちびと飲む佐久間さんの隣でみんなの盛り上がりを眺める。
「なんだ〜おまえも酒が弱いのか」
意外だなぁと呟く佐久間先輩に軽く頷き返す。
「百田先輩は酒乱だからなぁ……かまちょされないように気をつけろよ」
「はい」
さっそく酒にのまれはじめた百田先輩が他の新入社員に絡んでいる。腹踊りをしろだとか無茶な注文をつけているのを佐久間先輩と一緒になって笑って見ていた。
ふと窓の外を見るとまんまるな月が浮かんでいた。自然と足が部屋の外に向かう。もっと近くで月を見たくて玄関で靴を履いた。一歩足を踏み出せば、むっとした夜の空気に包まれる。
「……うわ」
空気が澄んでいるのだろう。藍色の空にはまんまるな月と小さく煌めく星がまたたいている。息を吸うのも忘れて見入った。地球とか宇宙とかの次元を考えることはなかったが、今初めて俺は惑星にいるんだと思った。その中のちっぽけな1匹の人間。俺が死んだってきっと世界は1ミリたりとも変わらないし、職場だって新しい社員を立て替えればまわっていく。俺ってなんなんだろう。ふとそんな寂しさを感じて立ち尽くした。
そのときだった。悪夢が襲ってきたのは。
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