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「ごちそうさま」
そう言い残して小鳥遊は洗い物に取り組む。調理は岸本が、洗い物は小鳥遊がやるのが常だった。岸本はゆっくりと味わうように食事をしている。
その後ろ姿を眺めながら、こんな日常がいつまで続くのだろうかと考える。俺はもう31でこれから新しい番を見つけることは気持ち的にもなかった。しかし、岸本はどうだろう。まだ23の若者はずっとこのままでいいと思うのだろうか。今後俺の地位を揺るがすくらい昇進していって、俺以上に優秀で親切なアルファに出会うこともあるだろう。そんなときに俺との契約は岸本の未来を邪魔をする鎖でしかない。岸本が番の解消を申し出てきたらすぐにそれを承諾しよう。それが俺と岸本の幸せに繋がるのなら、それで構わない。
ただ今はこの変わり者の若者との共同生活を楽しみたいと心の底で思う。守と別れて以来ここまで俺に近づく男はいなかった。こんな俺を恐れず真っ直ぐ目を見て話してくれる。それだけで張り詰めた空気が和らぐのは、岸本が持つ生まれ持っての明るさのせいだろうか。
シャワーを浴び終えると岸本はすぐにソファに横になってテレビを見始める。それを小鳥遊はダイニングテーブルに腰掛けて社内報を読みながら見つめていた。なんの強制力もないこの関係がひどく心地いい。数ヶ月もこうしているとこの生活に慣れてしまう。美味い晩飯と家事の全てを行ってくれる忠犬のような男に頼りきっているのは重々承知している。それでいてたまにちょっかいを出されることにも不思議と嫌な気はしない。何事にも積極的で底なしの明るさを持つ岸本と俺とではまるで違う。性格も思考も全て。
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