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「部長ー」
ソファの向こうから名前を呼ばれた気がしてそちらに足を運ぶ。
「……なんだ寝言か」
彼は今どんな夢を見ているのだろう。ふにゃふにゃとソファに置いてあるクッションを抱きながら切れ長の瞳を瞼の裏に隠している。口が半開きになって涎が垂れていた。それをティッシュで拭ってやる。
食器の洗い物しかしない俺と違って、こいつは家のことのほぼ8割をこなしてくれる。契約上そうなっているのだが嫌がる様子は見せない。それに甘えている自分がダメ人間になっていくような気がして少し怖くなる。岸本を失ったら俺は果たして今まで通り生きていくことができるだろうか。そんな思いさえわいてくる。
こいつといると飽きない。予想を裏切ってくる言動に振り回されるのも日々の楽しみになっていた。誰かと共同生活をするなんて守を失った頃には考えもしなかった。でも今、目の前には俺に懐く大型犬がたしかにいる。その事実が胸をあたためてくれる。もう2度と味わうことのないと思っていた安らぎをこいつは俺に与えてくれる。
だから俺は俺らしくもない優しい声を出して眠っている岸本の耳元で囁いた。どうせ聞こえないとわかっているのに、あえてそうして。
「岸本。ありがとう」
するとぱっと岸本の瞳が開いた。朧げな目をして俺の顔をじっと見つめる。
まさか聞かれてしまったのか?
俺は軽くパニックになりつつも無表情を保った。無言の時間が流れる。俺は気まずさなんて感じてませんよといったふうに岸本を見つめていた。
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