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「社長……これは」  小柄なほうの男も苦しそうに眉をひそめている。その男の姿を見て小鳥遊の胸の鼓動はぴたりとおさまった。動悸が嘘のように消えていく。 「すまないが君、その抑制剤をうちのオメガにも与えてくれないか?」  副作用は理解している、と言って社長と思しき男が小鳥遊に声をかける。予備の抑制剤を持ち男のところに歩いていく。 「はっ……うっ……」  膝から崩れ落ちている男の口元を掴んだ。そのまま抑制剤と水を流し込む。こくん、と小さな喉仏が跳ねた。 「……まずいな」  社長と思しき男が苦しげに笑う。見ると苦笑しながら岸本を見つめていた。 「まさかこんなところで出会うなんてな」  大きくため息をつくと椅子に深く座り込んだ。少し落ち着いてきた様子の岸本を抱えて小鳥遊は椅子に座らせてやる。デスクに向かい合うようにして席についた。社長と思しき男の前には小鳥遊が、小柄な男性の前には岸本が座る。  両者ともに重い沈黙が流れた。それをかき消したのは男の一言だった。 「とりあえず先に仕事のほうを済ませてしまおう」  ワックスで整えられた黒髪の毛先を押さえながら男が言う。隣に座る小柄な男性がにこりと人のいい笑顔を見せた。 「では社長、まずは名刺を」 「ああ、そうだったな」  そう言って男は胸ポケットから名刺の入ったケースを取り出す。小鳥遊と岸本もそれにならうように立ち上がった。差し出してきた名刺を見つめる。 「リブハウス社長、天海恭平《あまみきょうへい》です。どうぞよろしく」  続いて小柄な方の男性が細い腕で名刺を差し出してきた。 「リブハウス社長秘書を務めております。綿貫楓《わたぬきかえで》と申します。新米社長なので勝手に疎く……たびたび私の指導が入ることもあるかと思いますが、どうぞ広いお心で無視してください」

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