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 小鳥遊と岸本も2人にならって名刺を交換した。  こいつが若社長と呼ばれている男か。  小鳥遊は目の前に鎮座する男の相貌をまじまじと観察する。歳は30代といったところだろうか。同族の匂いには慣れているが、この男の匂いは特殊だった。アルファ特有の人を見下すような匂いを放っていない。いたって温厚そうに見える。見た目は少し厳ついかもしれないが、心根は優しそうだ。  そしてもう1人。社長秘書と呼ばれる彼は先程の様子から見てオメガに違いなかった。オメガが社長秘書として働くことができる会社はそうそうないだろう。若社長が改革を進めているとは聞いていたがオメガを側に置くとは。この男はただものではないらしい。 「では、かねてよりお約束していた両社の目指す住まいについての意見交換を始めさせていただきたいと思います」  綿貫が司会を務めるらしい。それに応じて小鳥遊は資料を見つめた。 「まずは本来ここに出席予定だった横溝の不在を謝罪させてください。急な予定といえども仕事を部下に任せることとなり大変申し訳ありませんでした」  すると天海がいえいえと手を振る。目元に薄い皺ができている。笑い皺だろうか。 「そちらの敏腕営業部長の噂はかねがね……。ぜひ1度お会いしたかったんです。それに今日はいい収穫もありましたから」  天海はそう言ってちらりと岸本を見た。天海の目の奥が熱を帯びているのが見えて小鳥遊は無意識に体が強ばる。岸本は抑制剤の副作用のせいかぼんやりとしていて天海の視線に気づいた様子はない。 「その話は後ほどにして、まずは未来の住まいについて討論しましょう」  たっぷり1時間かけて2社の未来を話し終えると、小鳥遊はどっと疲れを感じていた。目の前にいる天海の熱弁を大したものだと聞きながら、彼が極めて優秀なアルファだということが理解できた。

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