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「部長、おかえりなさい」
部屋の奥から出てきた岸本を見つめる。
はやく言ってしまえ。言えば俺は楽になれる。このもどかしい気持ちから逃れられる。
「岸本」
「なんですか、部長?」
心配そうな顔をして俺を見る岸本が不憫になった。俺はこれからお前を傷つける言葉を放つのに。わかっているのに、胸がツキンと痛んだ。
「もう終わりだ。岸本」
「え?」
岸本は持っていた布巾を床にはらり、と落とした。一歩、一歩踏みしめるように俺に近づいてくる。その表情は怒っているようにも、泣き出しそうにも見えた。
「終わりって何がですか。勝手なこと言わないでください」
はぁ、とわざと大きなため息をつく。嫌われるのなら一瞬で嫌われたかった。岸本を侮辱する言葉は一言だけにしたかった。
「俺とおまえとの番の契約を終わらせる」
岸本の瞳は一瞬色を失ったように見えた。そして、わなわなと肩を揺らし始めると叫ぶように言った。拳を作った手がふるふると震えている。顔はくしゃくしゃだった。
「俺、何かしましたか? 部長に嫌われるようなこと、しましたか?」
俺が帰ってくるまでテレビを見ていたのだろう。ニュース番組の音が部屋に響く。それが今はひどく虚しく感じられた。
「お前とのセックスには飽きたってことだ」
「っ!?」
あえて突き放すように淡々と言う。岸本は静かに項垂れた。そして、笑い始めた。
「そんな冗談、部長らしくないですよ。わかりました。今日はツンデレの日なんですね。俺、頑張りますから。部長のこと気持ちよくさせますからっ」
岸本は、あははと空笑いをして俺を見つめる。
「そういうのに腹が立つと言っているんだ」
我ながら雷を落としたようだと思った。その一撃は岸本にとって大きかったのか、ぴたりと笑い声を引っ込めた。
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