117 / 163

117

「部長、おかえりなさい」  部屋の奥から出てきた岸本を見つめる。  はやく言ってしまえ。言えば俺は楽になれる。このもどかしい気持ちから逃れられる。 「岸本」 「なんですか、部長?」  心配そうな顔をして俺を見る岸本が不憫になった。俺はこれからお前を傷つける言葉を放つのに。わかっているのに、胸がツキンと痛んだ。 「もう終わりだ。岸本」 「え?」  岸本は持っていた布巾を床にはらり、と落とした。一歩、一歩踏みしめるように俺に近づいてくる。その表情は怒っているようにも、泣き出しそうにも見えた。 「終わりって何がですか。勝手なこと言わないでください」  はぁ、とわざと大きなため息をつく。嫌われるのなら一瞬で嫌われたかった。岸本を侮辱する言葉は一言だけにしたかった。 「俺とおまえとの番の契約を終わらせる」  岸本の瞳は一瞬色を失ったように見えた。そして、わなわなと肩を揺らし始めると叫ぶように言った。拳を作った手がふるふると震えている。顔はくしゃくしゃだった。 「俺、何かしましたか? 部長に嫌われるようなこと、しましたか?」  俺が帰ってくるまでテレビを見ていたのだろう。ニュース番組の音が部屋に響く。それが今はひどく虚しく感じられた。 「お前とのセックスには飽きたってことだ」 「っ!?」  あえて突き放すように淡々と言う。岸本は静かに項垂れた。そして、笑い始めた。 「そんな冗談、部長らしくないですよ。わかりました。今日はツンデレの日なんですね。俺、頑張りますから。部長のこと気持ちよくさせますからっ」  岸本は、あははと空笑いをして俺を見つめる。 「そういうのに腹が立つと言っているんだ」  我ながら雷を落としたようだと思った。その一撃は岸本にとって大きかったのか、ぴたりと笑い声を引っ込めた。

ともだちにシェアしよう!