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朝一番のコーヒーが消えた。
岸本は俺と一定の距離を取り始めた。仕事中は今まで通り接してくるが、それ以上は近づいてこない。
これでいい。これでよかった。
あっけなく終わった岸本との生活に苦労していたのは紛れもなく俺だった。朝飯の準備、帰宅してからの洗濯、部屋の掃除。どれもみな岸本がやってくれていたことだった。
調理器具なんて持ってすらいなかった俺の台所にはおたまやトングが壁にかけてある。俺の家には岸本の名残がまだ色濃く残っていた。
岸本はウィークリーマンションで生活しているのだと、こっそり佐久間から聞いていた。佐久間がここ最近の岸本は様子がおかしいと報告してきて、それは紛れもなく俺のせいなのだと分かっていた。それでもあえて、俺は岸本に対して仕事とプライベートは分けろと指摘したのだ。
「すいませんでした。これからは気をつけます」
入社してきた頃と変わらない爽やかな笑顔でそう言われると、俺と岸本の間には何もなかったんじゃないかと錯覚してしまう。いつしか俺は仕事中も岸本の姿を探している自分に気づいた。食堂で、フロアで、最寄り駅までの道で。
俺の心の中にはぽっかりと大きな穴が空いていた。それを埋めようと酒に頼っても効果はなかった。
俺が岸本を追い出してから1ヶ月が経ったある日。横溝課長から振られた仕事。リブハウスとの会議に出向かなければならなくなった。もちろん、岸本も連れて行くことになっていた。この時ばかりは横溝課長を心底恨んだ。
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