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「まーたしけた面してんなぁ。小鳥遊」  小鳥遊のデスクに身を乗り出してきた百田が言った。またお猪口を傾ける仕草をしてくる。小鳥遊はそれを無視すると企画書の作成に打ち込んだ。最近気に入っているブルーライトカットの眼鏡のブリッジを静かに押し上げる。  今日は岸本が有給休暇をとったため不在だ。それに安堵したのは他ならぬ小鳥遊だった。岸本を目にするだけで、小鳥遊には天海の姿が目に浮かぶ。今頃、2人で出かけているのだろう。泊まりの可能性もある。  綿貫からは相変わらず食事の催促のメールが後をたたない。小鳥遊は仕事が多忙で、体調が悪くてなどバラエティ豊かな行かない理由を伝えた。綿貫は諦めが悪いのか何度もメールを送ってくる。それが憂鬱で週末は気が気ではなかった。 「仕事とプライベートは分けるのが鉄則だろ」  しつこく言ってくる百田に構っている暇はない。小鳥遊はトイレに行くため席を立った。百田はようやく諦めたのか自分の席に戻っていく。今晩の酒の相手がいなくてつまらなそうだ。  家にいても、仕事をしていても小鳥遊の脳裏には岸本の姿が浮かび上がる。もう終わったことだと言い聞かせても、残像は消えてくれない。  手放したからこそわかる。岸本に頼っていた自分自身の情けなさを。いいように使い倒した。自分の躾が行き届いた部下で、家事全般をしてくれる忠犬のような奴。それが岸本だった。

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