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 小鳥遊は目覚めの悪い朝を迎えていた。夢に岸本が出てきたのだった。「起きてください。部長」そう言って、俺の体の上に乗り出す。ぺろぺろと顔を舐めてくる大型犬のように、岸本が甘えてくる。夢の中では、俺はそれに応えていた。だからより気分がおかしくなりそうだった。  出社してからも岸本の甘え姿がチラつき、仕事に集中できない。普段はしないミスを連発し、百田にだけではなく米原にもからかわれる始末。部長としての威厳がなくなってしまう。岸本はそんな俺を少し不思議そうに眺めているだけだった。  最寄り駅までの帰り道。ひどく疲れてしまい今日は早くベッドに突っ伏したい気分だった。しかし途中で、あの匂いが身体を襲った。オメガの発情期に発するフェロモンの匂い。そしてこれは特別な匂いで、何度か嗅いだことのあるものだった。  嗅覚を頼りに沿線の電柱の下で倒れている男を見つける。電灯の下でびくびくと震えている姿には見覚えがあった。 「岸本っ」  不意に顔を上げた岸本と目があった。ひどく怯えた顔をしている。俺は体の昂りを無視して、いつも岸本が抑制剤を入れているポーチをバックから抜き取った。俺の口付けだが仕方ないかと思い、持っていたミネラルウォーターのキャップを外す。岸本は錠剤を静かに飲み込んだ。息は上がり、目元が潤んでいる。暴走してしまう一歩手前のようだった。  俺は一安心して胸を撫で下ろした。これで誰かに襲われる心配もなくなる。 「部長……」

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