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ふっと岸本が笑う気配があった。
「でも、もう無理なんです。あなたがいないと」
静かに小鳥遊の方へ岸本が身体を動かす。
「あなたなしの身体ではいられなくなったんです」
岸本の表情は弱々しい。声も次第に小さくなっていく。
「今でも嫌いで……大嫌いで……っでも、離れられないんです」
嗚咽混じりに岸本が言う。小鳥遊はそれをただ見ていることしかできなかった。
「部長のことが忘れられないんです。いつも思い出すんです。部長の笑った顔とか、怒った顔とか、気持ちよさそうな顔とか全部、頭から消えてくれないんです」
言葉が喉元までせりあがるのを、小鳥遊は必死で耐えた。
「やっと気づいたんです。俺、部長のことが好ーー」
小鳥遊は岸本がその言葉を発する前に、口に封をした。もご、と岸本の唇が動くのを押さえつける。目を見開いた岸本の後頭部に、そっと手を添えた。
口を離す。そして岸本の耳元で呟いた。
「……好きだ。岸本」
岸本の身体がぴくりと跳ねる。ふるふると肩を震わせて小鳥遊の肩に額を押し付けた。
「ずるいです。部長」
しゃがれた声で岸本が言う。小鳥遊は黙って岸本の背中を撫でた。優しく、壊れないように、離さないように。
いつまでそうしていただろうか。恐る恐る岸本が小鳥遊の背中に手を回す。2人の身体が密着した。触れるところから熱が生まれて身体を温める。小鳥遊はこのとき、岸本のことを湯たんぽのようだと思った。
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