ヴァイルに何度も触れられたあの夜から、シュエシは自分で体を慰めるようになっていた。以前にもしたことはあったがこんなに頻繁にすることはなく、誰かを具体的に思い描いてすることもなかった。 　それが、毎晩掛布に顔を埋めると同時に思い出すのはヴァイルの顔ばかりだった。首すじを揉まれたときの感触を思い出してはどうしようもない熱が燻り、下半身がジンジンと熱を持ち始める。そうなると、シュエシに我慢することは難しかった。 　少女が着るドレスのような寝衣の裾をそっとたくし上げ、女性用の小さな下着を少しだけ下ろして昂ぶった性器に手を添える。少し上下に擦るだけでヌルヌルとしたものが溢れ出し、それだけでシュエシはたまらなく厭らしい気分になった。あとはただ気持ちがいいところを擦ったり、首すじに触れるヴァイルの指を思い出すだけでよかった。 　そうして欲望を吐き出したあと、シュエシは決まって罪悪感に陥った。 「僕は身代わりだけど、領主様の花嫁なのに……」 　この屋敷に来てそれなりの時間が経ったが、いまだに領主様とは会っていない。それでもシュエシが領主様の花嫁であることに変わりはなく、領主様の執事に邪な想いを抱くのはいけないことだとわかっていた。 　こんな気持ちでは、噂どおり遠くに売られることになってもつらくなる。生贄になるとしても、きっと命が惜しいと思ってしまう。それくらいシュエシはヴァイルにどうしようもない想いを寄せていて、その気持ちはどうにもならないくらい膨らんでしまっていた。　もし領主様に花嫁らしい行為を求められたら、拒んでしまうかもしれない。そんなことをしたら土地の人たちに迷惑がかかることになるし、拒む原因を悟られでもしたらヴァイルにも迷惑をかけてしまう。 　そう考えると、腹の底がひどく冷えるような気がした。 　シュエシは、なんとかこの想いを消そうと試みた。しかしヴァイルとは毎日顔を合わせるわけで、駄目だと思えば思うほど想いが募ってしまう。わかっているのに、思いを寄せるのを止めることができない。 　そんな気持ちでいるせいか、シュエシはヴァイルの微笑みから視線を逸らすようになった。話しかけられるだけで体が震え、ぎこちない表情になる。 　それは夜の髪の手入れのときに、もっとも顕著に現れるようになっていた。 「奥様、どうかしましたか？」 「え!?　いえ、なんでもないです……」 「そうですか？　なにやら体を固くしているように見受けられますが」 「あの、……ちょっと肌寒くなってきたので、それで少しこわばってしまうというか、だから大丈夫です……」 「おや、それはいけませんね。羽織るものを用意しましょう」 　そう言って、ヴァイルが薄手の上着を取りに離れた。 　後ろ姿なら大丈夫に違いないと思い、シュエシはつい、いつものように鏡越しにヴァイルの背中を追っていた。ぼんやり見ていたせいで、振り返った黄金色(こがねいろ)の瞳を避けられず真っ直ぐに見てしまった。途端に熱が上がったかのように体が熱くなった。 　慌てて視線を逸らしたものの、上がった熱を急に冷ますことなどできるはずがない。ふわりと上着をかける手に緊張し、余計に顔が熱くなる。 　こんな状態を悟られてはいけないと、シュエシが膝に置いた手をギュッと握りしめたときだった。 「あぁ、首すじもこんなに固くしてしまって。また揉んで差し上げましょう」 「いえ、それは、……っ」 　慌てて断ろうとしたものの、返事より先に冷たい指に触れられて声が詰まった。漏れそうになる厭らしい吐息に気づき、咄嗟に唇を噛み締める。シュエシのことなどお構いなしに動くヴァイルの冷たい指に、背筋がゾクゾクとしてたまらなくなった。 　毎晩のようにこの指を思い出しながら自慰に耽っていたせいで、あらぬところもあっという間に滾ってしまった。それを隠すように膝に置いた両手をギュッと握りしめ、早く終わることを必死に願う。そんな願いもむなしく、不意に耳たぶをつままれて「ぁっ」と声が漏れてしまった。 　そうなると、もう駄目だった。必死に我慢しても吐息のような声が漏れ、首すじに冷たい指を感じるたびに肩がヒクヒクと震えてしまう。 　気がつけば下半身を隠していたはずの両手はただ膝のあたりの寝衣を握っているだけになり、力の抜けた体は背もたれにクタリと寄りかかるような状態だった。当然、薄布で作られた寝衣を持ち上げる滾った下肢はヴァイルにも見えているはずだ。それなのにヴァイルの指が止まることはなく、しつこいまでに首すじや耳たぶを弄り続けた。 　シュエシの口からは、ただ熱のこもった吐息がひっきりなしに漏れるだけになった。明らかに様子がおかしいことがわかるはずなのに、それでもヴァイルの指は止まろうとしない。それどころか、ますますシュエシの感じるところに触れてくる。 　もうやめてほしいとシュエシがうっすらと目を開いたところで、ヴァイルの艶やかな声が耳元で響いた。 「このように乱れて、奥様はいけない人ですね」 　脳天を痺れさせるようなその声に、シュエシの体がビクンと大きく跳ねた。それにクスクスと笑ったヴァイルの指が、今度は鎖骨を撫でるように動き始めた。 　冷たい手のひらが感触を確かめるように鎖骨を撫で、そのまま胸へと下りていく。寝衣はとても薄く上等な生地でできているため、布の上からでもヴァイルの手の感触はやけにはっきりと感じられた。そのせいで胸の尖りに冷たい指先が触れたとき、シュエシはみっともない声を漏らしてしまった。 「ひ……っ」 「ここも、こんなにツンと尖らせて。なんて厭らしい人でしょう」 「ひぅ……っ」 「奥様は、こういったことをされるのがお好きなんですね」 「ちが、……っ、ちがい、ます……っ！　ん……っ」 「それならば、どうしてこんなに尖らせているんです？　ほら、ぷっくりして、まるで触ってくれと言わんばかりですよ？」 　ヴァイルの言葉に視線を落とすと、薄い寝衣にくっきりと浮かぶ胸の粒が見えた。それはヴァイルの言葉どおりプクリと膨らんでいて、もっと触ってほしいと訴えているようにも見える。その膨らみを、綺麗な白い指がピンと弾いた。 「ひん……っ」 　ビリリと強い刺激が胸から全身に走り、みっともない声が出てしまった。そのまま寝衣の上からクリクリとこねるように弄られ、指先でつままれ、クイッと引っ張られ、シュエシは初めての感覚に体をビクビクと震わせることしかできなかった。 　気がつけば浅く腰掛けるような状態まで腰がずり落ち、その腰もみっともなく揺れ動いている。そのことにシュエシが気づくことはなく、ただ与えられる未知の感覚に翻弄され続けた。 「奥様は、とんだ淫乱だったのですね」 　そうつぶやいたヴァイルの指に膨らみきった胸の尖りをぎゅうっとつままれ、同時に耳たぶをカリッと噛まれ、ついにシュエシの性器は触れられることもなく果ててしまった。ヴァイルが口にしたひどい言葉も耳をすり抜けていき、荒い自分の息だけが聞こえる。 　それなのに次に囁かれた言葉は、やけにはっきりと聞き取れた。 「明日、旦那様がお会いするとのことです。乱れた跡は湯浴みで綺麗になさっておいてください」 　ヴァイルの言葉に、シュエシは一気に現実へと引き戻された。体を巡っていた淫らな熱も、すぅっと冷めていく。 　いつもどおり「おやすみなさいませ、奥様」と告げて出て行くヴァイルの後ろ姿を見ることはできず、シュエシは凍りついたように動けなくなっていた。