（こんなこと……駄目なのに……っ） 　駄目だとわかっていても手を止めることができない。やめなくてはと思っているのに、昂ぶる性器を擦る手はますます早くなった。罪悪感と快感に頭を振ると、手入れされたばかりの髪から薔薇の香りがふわりと漂う。それを嗅いだ途端にシュエシの性器からトロトロと透明な蜜がこぼれ落ちた。 　執事の手に淫らな欲望を感じた夜以降、シュエシは頻繁に自分の手で体を慰めるようになっていた。シュエシも十八歳の男、これまでにも一人で慰めた経験はある。しかし元々性欲が薄いのか体がそういうことを欲しないのか、頻度はとても少なかった。 　それなのに、あの夜から毎晩ベッドに入ると体が疼いて仕方がない。我慢しようとすればするほど淫らな熱に浮かされた。 「ん……、ん……っ」 　暗い部屋にシュエシの抑えるような声が響く。駄目だとわかっているのに脳裏に浮かぶのは美しい執事の姿、そして冷たいながらも淫らに動く白い指だった。 　少女が着るような寝衣の裾は大きく乱れ、胸元までめくれ上がっている。股間を覆っているのは女性用の小さな下着だが、そこから覗いているのは紛れもない男の象徴だった。それをシュエシの手が何度も扱(しご)いている。 　何度も上下に擦り続けるが、なかなか絶頂に至ることができない。吐き出したいのに吐き出せない苦しさにシュエシの目尻に涙が浮かんだ。どうにかしてほしくて、つい囁くように「ヴァイルさま」と口にした瞬間、性器がビクビクと震える。 （ヴァイルさま、ヴァイルさま） 　シュエシの脳裏に美しく微笑む執事が何度も浮かんだ。同時に冷たい指で首筋を撫でられ、耳たぶを摘まれたときの感触が蘇る。そこに髪に施された香油の香りが重なり、初心な色をした先端からピュピュッと白濁が飛び散った。ぶるりと腰を震わせながら恍惚とした表情で天井を見る。 （……僕はまた……） 　欲望を吐き出した後、シュエシは決まって罪悪感に苛まれた。 （僕は領主様の花嫁なのに……身代わりの花嫁だけど、それなのに僕は……） 　シュエシが屋敷に来てからひと月が過ぎようとしていた。しかし領主とはまだ会っていない。それでもシュエシが領主の花嫁であることに変わりはなく、領主に仕える執事に想いを寄せるのは許されないことだ。 （きっと遠くに売られることになるんだろうし） 　いずれ執事とは離れ離れになるのに、こんな想いを抱いていては別れがつらくなる。生贄にされるにしても、きっと命が惜しいと思ってしまう。 （それに、もし領主様に花嫁としての行為を求められたら……） 　自分の立場もわきまえず拒んでしまうかもしれない。そんなことをすれば土地の人たちに迷惑をかけるだけでなく、原因を知られれば執事にも迷惑をかけることになる。 　欲望を吐き出し火照っていた体が一気に冷たくなった。手や腹に残る白濁を拭ったシュエシは、唇を噛み締めると掛布を頭から被った。 （あの人への想いは消さないといけない） 　翌日からシュエシは執事への想いを忘れようと努力した。顔を見ないようにし、言葉もできるだけ交わさないように心がける。しかし執事とは毎日顔を合わせるわけで、駄目だと思えば思うほど想いが募った。何度駄目だと言い聞かせても気がつけば目で姿を追ってしまう。それに気づくたびにシュエシは逃げるように寝室にこもった。 　それでも髪の手入れのときは逃げられない。この日の夜もシュエシは執事に髪の手入れをしてもらっていた。美しい指が髪を梳くたびに肩が震え体が強張る。首筋や頬に指先がほんの少し当たるだけで淫らな熱が上がりそうになった。 「奥様、いかがされましたか？」 「えっ？　あ、いえ、なんでも……」 　瞑っていた目を開けると、鏡越しに黄金色の瞳が自分を見ていることに気がついた。すぐに視線を外さなくてはと思ったものの、つい見惚れてしまい返事も上の空になってしまう。 「そうでございますか？　なにやら随分と体が硬くなっていらっしゃるようにお見受けいたしますが」 　どうしよう、なんて答えればいいのだろう。シュエシは頬を赤くしながら必死に考えた。緊張している理由を執事に知られるわけにはいかない。想いを寄せていると知られれば、きっと気持ち悪がられる。領主の花嫁なのにと呆れられるかもしれない。 （貴族に仕えるヴァイルさまに、僕みたいなよそ者の男が……駄目だ。知られるわけにはいかない） 　好かれることはなくても、せめて嫌われたくなかった。 「あの……少し寒くなってきたので、それでというか、でも、大丈夫ですから」 「これは気づかずに申し訳ございませんでした。羽織るものをお持ちしましょう」 　上着を取りに行く後ろ姿を鏡越しに見送ったシュエシは、うまく言い訳ができたとホッとした。そう思いながら遠ざかる背中に寂しさを覚える。 （いつまで近くにいられるだろう） 　領主は気まぐれな人だと誰もが話していた。こうしてひと月以上会わないのも気まぐれに違いない。視線を膝に落としながら、このまま放置してくれないだろうかと叶わぬ願いを抱く。 （そんなこと、あるわけないのに） 　視線を上げると、いつの間にか背後に戻って来ていた執事と目が合った。黄金色の瞳が自分をじっと見ている。途端に体がカッと熱くなった。顔は真っ赤になり鼓動が一気に早くなる。慌てて顔を伏せたものの、体中が心臓にでもなったかのようにあちこちがドクドクと音を立てた。 　どうしよう、鼓動が聞こえてしまうかもしれない。想いを寄せていると悟られてしまうかもしれない。シュエシが膝に置いた手をギュッと握りしめたときだった。 　薄手の上着をふわりと肩にかけられドキッとした。握り締めた手にますます力が入る。おかしな反応をしないように目を瞑ったところで首筋に冷たいものが触れてビクッと体が震えた。 「首筋がまた硬くなってしまわれたようでございますね。これでは眠れないのではございませんか？　そうですね、よく眠れるように揉んで差し上げましょう」 「いえ、それは、……っ」 　断る前に冷たい手に触れられ言葉が詰まった。肌をクッと押す感触に背中がゾクッと痺れる。思わず漏れそうになった声をなんとか呑み込んだものの、執事の指が耳たぶあたりから首筋を何度も往復するため肩が跳ねるように震えてしまった。 　毎晩のように指の感触を思い出しながら自慰に耽っていたからか、あっという間に下半身に熱が集まった。それを隠すように膝に置いた両手をギュッと握り締め、早くこの状況が終わることを必死に願う。そんな願いも虚しく、不意に耳たぶを摘まれ「あっ」と高い声を上げてしまった。 （どうしよう、どうしよう） 　シュエシは焦った。焦るあまり必死に我慢していた声が次々に漏れてしまう。首筋に冷たい指を感じるだけで上半身が震えてしまう。 「ぁ……ぁっ、あ……」 　声が漏れるたびに目が潤んだ。情けなさと気持ちよさが混じり合い頭がぼんやりし始める。 　気がつけば下半身を隠していたはずの両手は膝のあたりの寝衣を握っているだけになっていた。震える体は背もたれにクタリと寄りかかっている。そのせいで股間を覆う薄い寝衣が持ち上がっているのがよく見えた。当然、背後に立つ執事にも見えてしまっている。しかしそのことにシュエシが気づくことはなく、執事の揉む手も止まることはない。 「ん……ん、ぁ、ぁ……」 　シュエシの口から漏れる吐息は、いつしか甘い声に変わっていた。明らかに様子がおかしいものの、それでも執事の手は止まらない。それどころかますます首筋を撫でるように揉み、敏感になった耳たぶをかすめるように指が動く。 　直接的な快感に、シュエシの目はいつしか完全に閉じていた。そのためだらしなく座り頬を真っ赤にしている様子が鏡に映っていることに気づいていない。そんなシュエシの耳元で執事の艶(つや)やかな声が響く。 「このように乱れてしまわれるとは、奥様はいけない人でございますね」 　脳天を貫くような声にシュエシの体がビクンと跳ねた。慌てて目を開くと、微笑む執事の指が首筋から鎖骨へとすべり落ちていくのが鏡に映る。 　シュエシは止めなくてはと思った。ところが口を開く前に鎖骨を撫でられ慌てて唇を噛み締めた。そうしなければとんでもない声が出そうで、奥歯をグッと噛み締める。そんなシュエシの様子に小さく笑った執事は、鎖骨を撫でていた手をするりと下へ動かした。指先が胸に触れ、たまらずシュエシが小さく「あっ」と声を上げる。 　寝衣はとても薄く上等な生地で仕立てられている。そのせいか執事の手の動きが驚くほどはっきり感じられる。甘い痺れに体を震わせていたシュエシは、冷たい指に胸の先端をピンと弾かれ再び声を上げた。 「あっ！」 「こんなにもツンと尖らせて、なんといやらしい様子でございましょう」 「ひぅっ」 「もしや奥様は、こうしたことをされるのがお好きなのでしょうか？」 「ちが、っ、ちがい、ます……っ。ぁ、ぁっ！」 「それでは、なぜこうして尖らせているのでございますか？　ほら、こうもぷっくり膨らませて、まるで触れてほしいと主張しているようではございませんか」 　冷たい指先にピンピンと弾かれるたびにシュエシの体もまたビクビクと跳ねた。弾かれ続けた右の先端は寝衣を押し上げるほど膨らみ、さらに赤い色まで透けて見えている。そこから指が離れたことにホッとしたのも束の間、今度は左の先端をギュッと摘まれ「ひんっ！」と情けない声が上がった。 「まだ触っていないというのに、こちらもこんなに膨らませて。もしやこうされることを期待していらっしゃいましたか？」 「ちが、んっ！」 　冷たい指が左の先端をクリクリとこねるように押し潰した。そうかと思えば摘まれクイッと引っ張られる。 　初めて感じる強い刺激に耐えられなくなったシュエシは、指から逃れようと体を動かした。そのせいでずるりと尻がすべり浅く腰掛けるような格好になる。それでは持ち上がった股間がますます目立ち、浅ましく腰が揺れ動いているのもはっきりと見えてしまう。そのことにシュエシが気づくことはなく、与えられる初めての感覚に翻弄され続けた。 「奥様はとんだ淫乱でございますね」 　耳たぶに冷たい唇が触れた。同時に左胸の先端をぎゅうっと摘まれ上半身が跳ねる。それを嘲笑うかのように執事が耳たぶを噛むと、震えていた性器が欲望を吐き出した。 （僕は……なんてことを……） 　荒い息を吐きながら、シュエシの目尻から涙がぽろっとこぼれ落ちる。真っ赤になった耳に冷たい唇が触れた。 「明日、旦那様がお会いになるとのことでございます。乱れた跡は湯浴みで綺麗になさっておいてください」 　執事の冷たい言葉に、シュエシの意識が一気に現実へと引き戻された。体を巡っていた淫らな熱もすぅっと冷める。 　いつもどおり頭を下げ「おやすみなさいませ、奥様」と告げた執事は、何事もなかったかのように部屋から出て行った。それを見送ることもできず、シュエシは凍りついたように動けなくなっていた。